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2004年7月に作成された記事

旅館オリエンタルが気になる…

yokohama.jpg北九州・門司港から横浜・中華街へ大移動。気分はすっかり観光モードになっていたが、荷物は仕事メインの準備だったので、今回は短パン、サンダル履きなしの超控えめな街歩き。3時間の山手・洋館巡りぐらいしか歩いていない(涙)。

中華街を知人たちとそぞろ歩きしているとき、ぜひ私に泊まって欲しいという宿を紹介される。宿の名前は「旅館オリエンタル」。写真ではよくわからないかもしれないけれど、とてもノスタルジーな雰囲気をかもし出すいい雰囲気だ。後でちらっと調べてみたが、横浜・中華街の中に半世紀前に建てられた老舗旅館らしい。

一般人は泊まれるのだろうか?と、扉の向こうにディープな世界があることを勝手に想像する私。どんなゴージャスなホテルよりも、横浜で今一番泊まってみたいホテルになってしまった(笑)。

この「旅館オリエンタル」を知っている方、泊まったことがある人がいたら、ぜひコメント&トラックバックしてください。私はとても興味津々です(笑)。

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言葉って、人に「希望」を持たせることもできるのですね。

natsu.jpg言葉、絵、曲など、何かで「表現する」ということは、つまり「伝える」こと。これがなかなか難しい。伝えようとしても表現できなかったり、表現できたけど自分の意図したような伝わり方をしなかった、あるいは、その表現を受ける人によって伝わり方が違ってしまったなど、うまく伝えられない「もどかしさ」を、常日頃からよく感じている。

人は何かの表現行為を誰からか受けたとき、その人自身のバックグラウンドデータが瞬時に必ず参照されている。過去と現在の出来事を比較、照会、リンクさせて、それぞれの「解釈」を導き出している。
表現行為を受けた人の過去経験は当然のことながら個人差があるので、表現行為をしようとする者は、その対象によって手法は変えざるを得ないし、それが「伝える」ことのベターな方法。でも、その対象が不特定多数の場合はとても困難。すべての人が理解を示す「公約数」を探し出すことは非常に難しい。

ある雑誌特集のサブタイトルについて、いろいろな人から意見が寄せられた。取材依頼をしたけど拒否された人や、読者、スタッフなど、サブタイトルに使われている言葉のイメージについて、解釈、見解のバラツキがあったのだ。今の私には何とも感じなかった言葉だけれど、昔の私だったら違ったイメージを持った可能性は十分にある。言葉が持つイメージって本当に人それぞれ。文字として見える言葉は同じものなのに、歩んできた人生によって、言葉のイメージはその人の中で変化していく。

雑誌特集のサブタイトルが変わった。
「人はどこまでやり直せるのか?」から
「人は立ち直るために何が必要か?」
「今」の私は、意味、本質に変化がないと感じたから、さほど感動はしなかったけれど、でも、これは妙案だなと正直に思った。このサブタイトルに好感を持った人も現れているようだ。

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