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2005年10月に作成された記事

お互いの「損害」を考え、

和解しました(笑)。27日に行われた、裁判の話です。 事件の「解決金」として、私は原告に25万円を払います。トータルの損害額は、原告の計算で利息を含めて50万円。その半分を支払うことにしたのです。 和解は、当事者間での争いを止めるために、裁判官から勧告され、結果、それを受け入れて和解が成立しました。

訴訟では何が争われ、そして何が課題として残されたのか。昨日まで、ちと考え込んでいた私です。

ところで、私がなぜ和解の勧告に従ったのかというと、論点が噛み合わず、負ける可能性が非常に高かったから。(真実を通すより、損害を増やさないことを選んだというか)

論点が噛み合わず、さらに話が平行線の場合、司法の判断は、なおさら「あるもの」でしかできません。 法廷の中で、私には過失がないことを原告は認めましたが、原告と被告、お互いが示せる決定的なものがない。

今回の事件、ビジネスの仕組み(構造)が、話をややこしくしているわけですが、この関係上の訴訟では、極端な話、実際に利用したかどうかは問わず(問えず)、ある記録でしか事実確認ができないのです。

だから原告は、規約にのっとり、そこでのみ主張します。というか、そこでしか主張できない。(←当然といえばそうだけど)

ちなみに、おそらく裁判所が判断するポイントは、以下の規約部分と予想され、これは私に不利に働きます。ポイントの規約は、要するにこんな感じ。

(保険及び電話サービス等にかかる代金等のお支払い)
インターネット接続・保険・電気・ガス水道利用等継続的サービスにかかわる代金のお支払いカードを利用される場合、カード会社が会員のために当該継続的サービスに対してお支払いすることをご了承いただき、当社へのお支払いをしていただきます。

また、カードでの継続的なお支払いを中止される場合は、カード解約の有無にかかわらず、その旨継続的サービスの定めた方法で申し出、承諾を得ていただきます。承諾を得ないために発生したご利用代金の請求に対し、カード会社が継続的サービスに支払いを行ったときにも、当社へのお支払いをしていただきます。

つまり、カード会社(の立場)としては、あくまでも立替金の請求をしているのであって、取引の有無に関しては、カード加盟店(お店)との問題である。よって、お客様とカード加盟店で問題を解決し、カード会社としては、カード加盟店からの売り上げ取り消しがない限り、立替金として請求せざるを得ないということ(主張)です。

今回事件では、インターネット決済が行われており、お店へ直接出向いてのカード利用でないため、本人確認は個人情報のみですし、それでしか確認の方法がありません。ですから、個人情報が完璧に使われた場合、本人の取引事実の有無にかかわらず、決済が通ってしまいます。

この状況が相当不利なのは、裁判を始める前にわかっていたことですが、私としては、外堀から(遠まわしに)立証していくしか方法がありません。

そのために、自分のPC環境や、プロバイダの接続履歴、決済日のアリバイで、当時決済ができないことを主張したわけですが…。これらは、カード会社に言われても困るということです(苦笑)。

まぁ、インターネット決済で、加盟店と面識もなく、実際に取引がないのに、個人情報でのみ本人確認される決済の場合、加盟店との交渉そのものが相当難しく、長引くだけだなーと考えると、累計の損害(金銭と労力とストレス)が計り知れないので、専門家の言葉「第一は損害を減らすこと」を思い出し、意地にならず争うのは止めようと決めたわけだったり(←また苦笑)。

完全に納得はできないですよー、やっぱり。。。

……とまぁ、文で説明するのがややこしいのですが、要は、個人情報を完璧に使われた場合には、相当ヤバイってこと。

あー、高い授業料になっちゃったなぁ。 その分、たくさんのことを知り、いい経験したとも思っていますけど(←ずっと苦笑)。

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判断は正しかったのか?

あとになって、そう悩む時があります。というか、今ちと悩んでいるというか、考えている最中の私です。文字に書き起こしながら、頭の中を整理しております(笑)。

私の場合、「判断は正しかったのか?」と、よーく考え込んでみると、「一体、何が正しいのか?」という疑問にぶち当たります。そして、悩んでいる原因というか物事というものが、極めて私的で限定的なものであったことに、今さらながら気付きます。んでもって、「それって、どーよ?」と自分自身に問いかけて、本当に「何が正しいことなのか」を、あらためて考えさせられます。

ここでいう「正しいこと」とは、「選択の結果」だということが、すぐ頭に浮かびます。今回は、もともと私が願う結果、私にとって、一番都合の良い結果が得られませんでした。だからこんなことを考え込んだりするわけですが、かといって、私が望む結果を得られたとしても、同じことを悩み、考え込んでしまったような気がするのです。

決断した「結果」に、今さら迷っているわけじゃありません。どれを選んだとしても、結果に大差がないから悩んでいるんじゃない。ただ本当に、この選択が正しかったのか?-真実と離れたところでの「解決」に、自分で選んでおきながら、「後ろめたさ」を正直感じています。

というわけで、この件でもう霞ヶ関へ行くことはなくなりそうです。
まぁ、損害を半分に抑えられただけでも、良しとするかなぁ(笑)。

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準備書面が本日到着

前回提出した証拠証明書に対しての、原告の回答文書を先ほど読んだ私です。 やはり原告は「規約」でのみ攻めてくるか。ある程度の内容は予想していましたが…。

私が規約を読む限りでは、今回事件は「規定外」の出来事なんじゃないだろーか?それを「規定ではこうなっているから」という処理にするのは、どーなんだろう?と、ちとムカついたり。

だけど、相手の立場で考えてみれば、そこしか攻め所がないんですよね……。うーむ、見事な平行線だなぁ。。。
審判をする裁判所(法)の立場で考えてみれば、判断できるポイントは……。

不安がものすごーく大きくなるのを感じます。

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パンダ好きにはたまらない1冊

パンダへの愛をひしひし感じる1冊です今年の春に衝動買いした本が、いまだにお気に入りの1冊となっております。パンダが特別好きってわけではなかったけど、可愛さに負けてしまったというか(笑)。

書名: パンダの時間(とき)
著者: ケレン・スー/写真と文
発行:二見書房

着ぐるみのような表紙にあるパンダの後姿が目にとまり、パラパラと本の中身をめくってみると、人のような表情を見せるパンダが愛くるしい。写真家である著者のパンダへの愛が溢れる1冊です。

この世でいちばん楽しいこと、それはパンダの観察です。パンダを見ていると、あいつはいたずら者だな、あの子はおとなしいけど利口だな、とすぐにわかります。木登りが好きなパンダ、地面をごろごろ転がるのが好きなパンダ、一人でぼーっとしているのが好きなパンダ……。パンダを眺めているだけで、それは幸せな気分になります。それが自然のなかでリラックスしている野生のパンダだったら、もう言うことはありません。(本文より)

1951年生まれの著者ですが、本を読んでいると、「男の子の心」を感じます。

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