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2011年3月に作成された記事

大震災から2週間(福島・相馬へ)

先週は震災対応の急な仕事で福島県相馬市へ。
海に近いところまで来て、しばらく呆然としてしまいました。

震災後の相馬・原釜

東日本大震災から10日後の相馬市原釜。
道の向こうに見える鉄塔は、隣町・新地の火力発電所です。
私は戦地に行ったことはありませんが、その景色はまるで爆撃にあったかのよう。津波による被害とは、こういうことなのか……と、ただ言葉を失って立ちすくむのみでした。

松川浦にて

津波によって陸に打ち上げられた漁船。
海(松川浦)から近い場所とはいえ、これだけの大きな船を陸に押し上げてしまう津波のパワーは、正直言って想像がつきません。

気象庁の観測データでは、この地を襲った津波の高さは7.3m。もっとも、7.3mを記録したところで津波によって波の高さを記録する計測機器が破壊されてしまったようなので、それ以上の高さの津波ではないか?と推測されています。

豚の後ろ姿に心が和む…。

上の写真は宮城県側、海から3km以上離れた地域で撮った写真。
5日間いろいろ見てきて、頭や気持ちの整理がつかない状態の私でしたが、家畜だった豚の後ろ姿に、少し心が和んだ瞬間でした。

ところで、東日本大震災における相馬市の記録震度は6強。
これは私が暮らす地域と全く同じ震度だったのですが、相馬市の中でも、やはり地震のあとの津波襲来の有無とその規模が、被害の差を生んでいるのは一目瞭然。地震だけの災害だったら、ここまで破壊されることはなかったはずです。

建物が津波に流されて跡形もなくなった集落地、地震で地盤が大きく沈下したため、今も海水がたまって一面、泥で覆われた状態の沿岸部一帯、津波でホームの外へ押し出され、横倒しになったり、くの字に折れ曲がった状態の列車など、津波の威力の大きさを物語る光景が目に焼き付いています。

復旧活動が進むにつれて、津波が残した爪痕の深さが次第に明らかになってくるでしょう。福島原発の事故も含めて、これ以上被害が拡大しないことを祈るだけの私です。

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台南乗り換え沙崙線(Shalun Line)

台湾新幹線(高速鐡道)の台南駅から乗り換えた沙崙(さろん)線。
2011年1月2日に開業してから約1ヵ月半後の2月に利用しました。

台南沙崙線

沙崙駅は新幹線の台南駅に隣接。台湾鐡道の台南駅へ電車で約20分ほどで結ばれるようになっておりました……というのは、台湾に到着した後でわかったこと。先発隊の友人から届いた携帯メールで知ったのでありました~。
(というわけで、これから台南へ出かける方、もう無料シャトルバスはありませぬ)

ところで、写真を撮っていた時には気が付かなかったのだけど、後になってわかったことがもう1つ。それは台湾鐡道の切符の印字が「西暦」になっていたこと。

沙崙線の切符

10年前の印字は台湾暦(民国暦)を使っていた台湾鐡道の切符。西暦に気が付いたときには「おおっ!?」と小さな驚きがありましたけど、その後、ちょっと寂しさも感じたり。。。
こんな気分になってしまうのは私だけでしょうか?

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