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2011年4月に作成された記事

大震災の1ヵ月半後(いわき・小名浜の場合)

今週は福島県いわき市へ通っています。

福島県いわき市小名浜の町の様子

東日本大震災から約1ヵ月半後の福島県いわき市の小名浜の町。
道の両脇に出ているものは、津波で流されてきたもののほか、海水に浸かって使えなくなった家の中のもの。これが沿道にずらっと並んでいます。

福島県いわき市小名浜の町の様子

沿道に並ぶものは家財道具のほか、やはり電化製品が目立ちます。
海水に浸かった電気の部品は、乾燥すると塩分濃度が上昇して絶縁状態が悪くなり、短絡事故(ショート)を起こしやすい。阪神淡路大震災のように、町を「火の海」にしないためには、捨てることは仕方がありません。(注:阪神淡路では津波由来ではないけれど、結果的に同じ短絡事故で火災が多く発生しています)

小名浜の復旧作業

ところで、ニュースなどで「被災地では復興が始まっています」とか言っていたりするのですが、震災の現場に足を運ぶ私の感覚では、「復興」というレベルにはほど遠く、まだ「復旧を目指している」といった感じです。
(これは仕事で企業の復旧作業に関わっているからなのか?>私)

住宅のライフラインが復旧できたからといっても、現状では仮設状態であったり、応急処置的な回復がほとんど。津波で家が流されなくても、海水に浸かった家には住めず、小名浜でも避難所で暮らす人は400人以上。特に津波の被害を受けた「職場」である工場や研究所、漁港、市場や商店などは、以前のように電気を通せる状態にはなっていないのが現状です。

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なぜFAXはなくならないのか?

先週、仕事の打ち合わせに行った時、お客さんからタイトル通りの疑問が投げられた。電子メール、あるいはその添付ファイルで置き換え可能であるはずなのに、なぜ今でもFAXがなくならないのか?

少しばかり考えて、頭に浮かんだ私の答えを言ってみる。
それは「紙」の存在があるからなんじゃないのかなぁ。。。

我が家のファックス機<br />
(コピーとスキャナの機能が付いた複合機)

FAXは「紙を相手に送る技術」と言ってもいいかと思う。そしてその紙には、「媒体(紙自体)に直接書き込む技術」が含まれている。FAXはそれを含む技術がなくならない限り、きっと消えることはない──頭の中で情報を整理しながら、そんなことをしゃべっていたような気がする。

当たり前だけど、紙とは物体でもある。実体が存在するわけで、それを直接FAXで送ることができるという点も見逃せない。

FAXという技術は「紙」が存在することによって成り立っている。
ふと、「紙って何だろう?」という疑問がわいてきた。紙とは一体、どんな技術のものなのだろう──しばらくの間、頭の片隅で考えていた。

紙とはいかなる技術なのだろうか?その技術の根幹は何だろう?
仕事で使う手順書(マニュアル)を作成している時や、この記事を書きながら、頭の中を整理して、自分で書いたものを何度か読み返しているうちに、ふと、目から鱗が落ちる。

マニュアルを作成中

紙とは、それ自身が媒体となる存在。情報(絵や文字)を伝える(記録装置としての)メディア。紙という技術(物体)の神髄はここにある。すでに「媒体(紙自体)に直接書き込む技術」であると、自分で答えを出していたじゃないか(笑)。

FAXから紙の話にさかのぼって、いろいろ考えてみると、電子書籍のことであるとか、Webの世界のこと、Googleがやろうとしていること(?)などに、私の思考が勝手に連鎖してしまいます。「知(情報)の共有」という高邁な理想から始まったものだとしてもね……。

そんなことを考えてばっかだと、今の世界と自分自身ををますます嫌悪してしまうので、今はこの辺で考えることをやめときます。結論を出すのは早いというか、まだ先でもいいんじゃないかな?とも思ったので。

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余震が続く現場にて

昨日の早朝は、被災した某企業の研究所から重要な開発データが格納されている大型サーバーラック(コンピュータ)を載せた関西行きのトラックを見送った。
震災による建物へのダメージや、今なお続く余震によって企業活動が停止させられるリスクを考慮しての判断なのだろうなぁ。。。

車の中で1時間ほど仮眠してから、次の被災した研究所の現場へ。
震災で一部床面が割れて、その穴に片足が落ちて傾いたままの大型サーバーラックを人力で引き上げて再設置をしている最中に、強い地震に襲われて作業は長い時間中断することに。

揺れが収まったあと、外に出てみると……

被災状況その1

研究所の地面が陥没。玄関前のアスファルトが割れています。おそらく今までの余震のダメージが蓄積されて、今回こうなったのかな?と思ったり……。

被災状況その2

玄関脇の植木ブロックも接着面が破壊されて大きくズレてしまいました。

被災状況その3

裏の搬入口付近。陥没と地面の隆起でアスファルトが割れてしまいデコボコに。

気象庁発表のデータでは、最大震度5弱でしたが、研究所に設置されていた地震計では最大震度6弱(6.4)を記録しておりました。これだけ建物が揺らされたのに、研究所の内部は柱や梁にヒビが入った程度。建物がしっかり頑丈に出来ていたようで、おかげさまでケガもなく助かりました。(ご心配をおかけしました>関係者のみなさま)

徐々に戻りつつある日常の生活ですが、震災への対応はまだまだ続いています。
復旧とか復興、今までの生活を取り戻すまでの道のりは、本当に「山あり谷あり」。
まさに365歩のマーチのように“三歩進んで、二歩下がる”といった感じです。

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日本の春らしい風景

東日本大震災後から緊急の仕事でバタバタ続きの連続でしたが、4月に入って一段落。徐々に通常の生活リズムに戻りつつあります。

というわけで、数日前に桜を見にぶらりと散歩に出かけてきました。

上野恩賜公園

写真は東京・上野恩賜公園。ソメイヨシノの桜並木が満開になっていました。
東日本大震災の影響で、毎年この季節に開催の「桜まつり 」は中止になったけど、「お花見」自体は自粛にならず。日本の春らしい平和な風景を見ることができて、ちょっと安心した私でした。不思議と元気も分けてもらった感じがします。

……と、ほんの数分間ここで心穏やかになれたかと思ったら、どこからともなく緊急地震速報のアラーム音が。各地で放射能汚染拡大も懸念されていますが、私にとってはどんなニュースより、こうして外に出ている間に、知人や身内に不幸があったことの方が大事なんだなぁ……と、この瞬間に思い知ったのでありました。

地元(というか家)、大丈夫かなぁ。。。

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スクリーニング済証

福島県の被災した某研究所から、大事なデータが入ったコンピュータ(サーバ)を都内へ運び出す前に、今回も放射線スクリーニング検査を受けることに。

スクリーニング済証

これが放射線スクリーニング検査済の証明書。
2週間ほど前からこの証明書が予想外の事態を引き起こし、現地では話題になっておりますが、ほかの地域(首都圏とかほかの県)では、一体どーなんでしょう?

この証明書の登場から、避難住民たちや、他県民、あるいは東京の人たちの「目に見えない」放射線に対する恐怖感が伺えます。。。

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