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2011年5月に作成された記事

続・オーバーヒート

混雑している道路を走行中に再び水温計が上昇。

水温計が上昇

この車には10年近く乗っていて、累積走行距離を示すオドメーターは17万kmちょっと。前回、サーモスタットという部品を交換すればOKだろうとタカを括っておりましたが、どうやらそれだけでは済まないようです。。。

エンジンの冷却水が循環していないかも?と仮説を立てて、ウォーターポンプを取り外してみても損傷はしていない様子。水漏れもないし、あと考えられることは……。

うーむ、思っていたより重症のようです。>わがクルマ

オーバーヒートで冷却中

今回のオーバーヒート(水温上昇)は、エンジンのシリンダー・ヘッド・ガスケットの劣化による、エンジン内圧の吹き返しで冷却水のラインにエアが入ったためではないか?という見立て。整備の人に状況を聞いて、ちとショックでありましたが、それよりもオーバーヒートのトラブル初期段階で良かったとも感じました。

症状がさらに進んで、完全なオーバーヒート状態になってしまうと、冷却水とエンジンオイルが混ざってしまい、良くてエンジンのオーバー・ホール、ヘタすりゃエンジンの交換。加えてエンジン冷却系の全交換など、超大型高額物件が一度に襲いかかってくるところでありました(汗)。

とはいえ、実際はエンジンを分解してみないと状態がわからないので、まだ楽観はできないのですが。私のクルマ、大丈夫かなぁ。。。

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線量計を返却

今までお借りしていた放射線測定器(線量計)をクライアントに返却。理由は、来月から被災地の現場を離れるから。(といっても、全く足を運ばないわけではないのですが)

線量計

私が持ち歩いていた線量計はウクライナのエコテスト社(ECO TEST)のTERRA-P。
初期値では0.3μSv(マイクロシーベルト)でアラームが鳴ってしまいます。よって、被災地作業用(?)に警報の設定値は変えてあります。

そういえば、私が線量計を持たされたのはこれで2回め。
最初に持たされたのは、シルクロードの古都・カシュガルから始まった砂漠の旅でした。

タクラマカン砂漠の入口

2007年8月のタクラマカン砂漠の幹線道路。かすんで見える景色は砂嵐のせいです。道路右側のずっと遠く(60km?)の先には、かつての地下核実験場(地域)が。

「(地下で実験していたから)大気中には放射能は漏れていないから大丈夫」
現地のガイドは笑いながら言うけれど、実際のところはどうだったのでしょうね。。。

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帰り道に考えたこと

全国各地からの応援者

復旧作業の帰り道、常磐自動車道の四倉パーキングエリアで撮った写真。
作業服の人たちを見て、しばらく物思いに沈んでしまいました。
それはなぜかというと、彼らの背中のゼッケンを見てしまったから。
ここは原発事故の対応拠点となっているJヴィレッジが近いからなぁ。。。

「電力支援チーム」の文字

ゼッケンの「電力支援チーム」の文字は、原発対応の応援に来ている全国各地の電力会社の人たちを示すもの。パーキングエリアに停車中の車両ナンバーは、(私も含め)すべて福島県外。自衛隊や警察、消防、原子炉メーカーを含む民間企業の技術者や、協力(下請)会社の作業員たち……。

今更ながらではありますけれど、「本当にオールジャパンで対応しているのだな……」という、静かにずっしりと重い実感が。

全国からの応援は心強いと思える一方、「この人たちもこんなところまで……」という複雑な感情も同時に湧いて、涙が出そうになる私でした。それをごまかすために、カーラジオのスイッチを入れると、ちょうど国会中継の音声が。

なぜ政治(政治家たち)は、協力してひとつになれないのだろうか?
それを聞きながら疑問に思った帰り道がありました。

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福島・いわき勿来海岸

福島県いわき市での復旧作業の帰り道、時間に余裕がありさえすれば、いつも立ち寄るスポットがあります。それは、いわき勿来(なこそ)の海。

勿来海岸の代表的な風景

勿来海岸は福島県の南端、茨城県と接するところにある海岸です。鳥居とその向こうにある岩(二ッ岩)の写る絵が、勿来海岸の代表的な風景かもしれないですね。

勿来海岸

遠浅のビーチは福島県内随一の広さで、砂もきめ細かくキレイ。
波消しブロックが景観的には、ちと美しくはない(笑)のでありますが、打ち寄せる波の音と風が、心地よく身体に響いて癒されます。

津波で打ち上げられた波消しブロック

ところで、東日本大震災での津波の被害を受けた沿岸部は、夏までに海岸の片付けが終わりそうもないところが多いかもしれません。津波によって打ち上げられた波消しブロックを見ると、今年の夏に「海開き」はキビシイかも……。
あらためて津波のパワーに驚きつつも、そんなことを思った私です。

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オーバーヒート

オーバーヒートしたエンジンを自然冷却中

つい3日ほど前に福島県の伊達市霊山町(りょうぜんまち)で撮った写真。
なぜ車のボンネットを開けているかといいますと……

ボンネットを開けて放熱中

オーバーヒートしたエンジンを冷ましているからなのです。。。

エンジンのオーバーヒートとは、車を走らせている最中にエンジンの冷却機能が損なわれて、エンジンが正常に機能するための適正な温度より高くなってしまった状態のこと。どうやら、エンジンの温度が非常に高くなって冷却水が沸騰し、その蒸気がラジエーターキャップを介して冷却水のリザーブタンクへ一気に吹き返してしまったようなのです。(←たぶん)

高速道路を乗り換えるジャンクションで車のスピードを落としたときに、ふとエンジンの水温計に目をやると、温度が徐々に上昇していることに気付きました。このまま水温計の針がH(Heat)マークまでいって、完全にオーバーヒート(?)してしまったら、一体どうなってしまうのだろう……と、不安でドキドキしながらの運転。水温計の針を気にしながら、これ以上は危険かも、というところで車を止めました。

高速道路から見た津波被害のあった被災地

車を止めた常磐自動車道の宮城県亘理町付近の写真。
東日本大震災による地震と津波で荒れてしまった景色を眺めながら、被災地の復旧作業に来ている私が、被災地で遭難しそうになるとは情けない……と、ちと落胆。路肩で車のボンネットを開けると、リザーブタンクのまわりは吹き出した緑色の冷却水でびっしょり。エンジン付近から液体が沸騰したような音が聞こえていました。

本日4回目のエンジンの放熱作業

先月下旬に福島県のいわき市内で、信号待ちの停車中にエンジンの水温計の針がゆっくり上昇していることに気付いて、翌朝に車を整備に出しましたが、そのときは原因の特定までには至らず、冷却水を補充してとりあえず様子を見ることに。今回のトラブル発生で、おそらくサーモスタット(冷却水の開閉弁)という部品の劣化による不具合であろうと見て、修理(部品交換)することになりました。

この車には10年近く乗っていますが、ここ1、2年の間にあちこちガタがきているようで、整備をお願いする回数も増えています。これで落ち着いてくれるといいのですが。

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震災後の「罪悪感」が続く人

先月の中旬に都内の会合へ出席したとき、東日本大震災当時はどこで何をしていた?とか、震災後の各地の現状報告などを聞いていたとき、ちょっと気になることがありました。それは、今回の震災を経験していない人のコメント。

「震災当時は海外にいたので、その(地震の)揺れも経験しておらず、正直に言って、少し申し訳ないというか、罪悪感が私にはあるのですが……」

感覚としては、なんとなくわかるような気がしますけど、よく考えると、「何もしていないのに罪悪感???」と疑問符が。その人が罪悪感を抱く相手に、その人自身は何か悪い事をした訳ではないのになぁ。。。

ゴールデンウィークの連休中に首都圏で震災対策の現場へ行ったとき、都内在住の被災地出身の若者が言った言葉にも、私は何か変な引っかかり(?)を覚えました。

「家が残って、家族が全員生き残っていて、もう普通の暮らしができる様子を見たときに、もう(私の家族は)被災者ではないと思った」
ちなみに、その若者の恋人の家族は津波によって亡くなったそうです。

2011年4月25日の小名浜の町

「被災地はあんなに大変そうなのに、自分だけこんな普通に暮らしていていいのだろうか」とか、「身近な人が被災したのに、何もできなくて、いたたまれない」など、誰しも多少は抱いた感情なんじゃないかと思います。

要するに、自分たちは(ほかの人と比べて)不幸な目に遭わなかった、生き残った、それに引け目や後ろめたさを感じている、ということなのかなと。これは心的外傷反応のサバイバーズ・ギルト(罪)またはシェイム(恥)の一種かもしれませんね。

被災者に対して、「何かしたい」と強く思う人が多いと思います。中には「何かしなければ(いけない)」と強迫観念に縛られる人や、「もっと何かできるはず」と功を焦る人もいるでしょう。震災以来「(被災者じゃないのに)前向きになれない」という人もいます。

震災後、そんな様子の人をたくさん見て、被災地の人より精神的にはこっちの方が病んでいて、よくないなぁ……と、今さらながら思った私です。

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被災地が気になります…

ゴールデンウィークの連休期間中は、被災地から離れて首都圏のデータセンターへ通っています。企業がもともとこの期間に予定していた事業所の集約や移転のほか、先の大震災によって追加された震災対策に追われる毎日です。

首都圏での作業の休憩中、同僚が携帯電話を眺めながら、しばらくしてポツリと一言。「震度3とか、また小さな地震が増えているなぁ…」と。今まで自分が復旧作業に訪れた被災地の工場や研究所、町の風景などが一瞬でフラッシュバックして頭の中に思い浮かびます。

大震災後のJR常磐線の新地駅の様子

4月19日の福島県新地町。遠くに見える緑色の建物はJR常磐線の新地駅の跨線橋。
津波によって町のほとんどは壊滅状態。駅周辺で残ったものは、線路をまたぐ跨線橋とホームだけでした。

津波によって脱線横転したJR常磐線

上の写真は3月中旬に撮った新地駅のJR常磐線。車両の撤去は4月中旬(18日?)に終わったそうです。ということは、大震災発生から1ヵ月以上も手つかずで放置されていたということ。このことからも今回の東日本大震災が超広域災害であることをあらためて思い知らされます。

私が被災地の復旧作業に戻るのは、ゴールデンウィーク明けの予定。
その間も現地では作業が続けられています。私の感覚では福島県沿岸部の復旧・復興は、ほかの被災地と比べると1ヵ月くらいは遅れているので、こうして首都圏に赴いていても、気になって仕方がありません。

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