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津波被災地の復興商店街

前回に引き続き、7月の女川町の様子を簡単にレポートいたします。
以前(6月)のエントリーで気仙沼の鹿折「復幸マルシェ」を取り上げましたが、今回は女川町の復興商店街をサラッとご紹介。

女川町きぼうのかね商店街

写真の長屋の商店街は「きぼうのかね商店街」。気仙沼の鹿折「復幸マルシェ」のオープンから約1ヵ月半後、4月末にオープンしました。
ちなみに、商店街の名前の「きぼうのかね」は、JR女川駅前にあった「からくり時計の鐘」のこと。津波で駅舎ごと流されたがれきの中から無傷で見つかった1つの鐘が、この商店街の奥にあります。(←写真がなくてスミマセン)

女川高校グラウンドの名残り

津波で流失した町内3つの商店街から約50店舗が再結集した女川町最大規模の仮設商店街ですが、これが建てられた場所は、高台にある宮城県立の女川高等学校のグラウンド。商店裏の駐車スペースにはその名残りのバックネットが。。。

商店街の敷地に公共機関も

グラウンドの商店街には、郵便局や銀行の支店、上の写真には載ってないけど、交番も並んでいます。女川町に限らず、三陸海岸の町にある仮設の復興商店街は、どこもだいたいこんな感じの構成なんじゃないでしょうか?貴重な高台の平地や学校のグラウンドなどを利用して、仮設住宅も商店街も、こんな感じで集めて建てられてます。

仮設の復興商店街は、買い物に来る人もお店の人も、今はまだ少ない被災地住民の「自立の場」でもあるんですよね。近くにお寄りの際には、ぜひ寄ってみてください。

きぼうのかね商店街の公共機関スペース

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