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1年と4カ月後の雄勝町

引き続き、7月の被災地の様子をレポート。今回は女川町から海岸線を北上して雄勝町へ。ここは平成の市町村大合併で、今は「石巻市の雄勝町」となっています。女川町と石巻市の中心部から車でだいたい40~50分。南三陸町との中間あたりにあります。(雄勝町の場所はこちらのGoogleマップを参照

1年と4カ月後の雄勝町

津波によって女川町の中心部がなくなってしまったのに対して、ここ雄勝町は「ひとつの町が丸ごとなくなった」ような状況で、今も主要道路の国道はこんな状態。病院や学校などの大きな建物は見えるけど、まわりに家屋の影はまったくなし。。。

雄勝町の美しい入江

決壊した堤防の上から、津波が押し寄せてきたであろう方向を眺める。こんなに静かで美しい入江なんだけどなぁ。。。市町村合併していなければ、ひょっとしたらもう少し、復旧工事が進んでいたのかも……と思わずにはいられません。もう、今の石巻市、広すぎです。。。

津波で破壊された雄勝硯伝統産業会館

雄勝硯(すずり)伝統産業会館。女川町では「震災遺構」として残すことが検討されている建物以外はほとんど取り壊され、復興の次のステップへ移行しておりますが、ここはまだこんな状態です。。。ちなみに、昔の姿に復元された東京駅の屋根材に使われている宮城県産のスレート板(粘板岩)は、ここ雄勝町が産地です。ニュースでは「被災スレート」などと呼ばれていましたね。(硯とスレートは同じ石が原材料です)

雄勝中学校はがれきの分別場

道路を挟んだ向こう側、山積みになったがれきの奥に見えるのは、雄勝中学校の建物です。今は学校としては使われておらず、校庭ではがれきの分別作業が行われています。。。

等間隔の電柱だけが雄勝の町並みを想像させる風景

以前はこのあたりは町の中心部で、近くに保育所があったり、商店や民家が建ち並ぶ地域でしたが、今はもうこんな感じ。写真からは電柱の存在だけでしか、ここに家々が建ち並んでいたのだろうな……としか感じられないかと思います。

今ここに足を運ぶ人は、私のような工事関係者か行政の担当者だけ。町民に会うことはありません。

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コメント

突然のコメント申し訳ありません。

観光バスが乗った斜向かいが 自宅でした

書いてもらってありがとうございます

また 仕事の方もお疲れ様です

それではまたいつか よろしくお願い致します

          THE TIPS

投稿: THE TIPS | 2012/09/13 23:00

THE TIPSさん、こんちは!
YouTubeの映像をいくつか拝見させていただきました。
現地でライブを実際に拝見したことはありませんが、
音は聞いたことがあるような気がします。懐かしく感じました。
(たしか全国でも流れていたような?)

秋から冬の間にそちらへ作業のために行くかと思います。
その時にまた、どこかで音が聞こえたらうれしいです。

投稿: 濱祐 | 2012/09/14 05:50

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