ヒトラーを支持したドイツ国民
かつて日本の副総理大臣が、マスコミが憲法改正の議論を阻止するなら「静かにやろうや」、「(ナチスの)あの手口、学んだらどうかね(笑)」みたいなこと、あるシンポジウムで発言したら「ナチス賛美、けしからん!」的な解釈をされて、マスコミや護憲派の方々から集中砲火を浴びた出来事がありましたが、あれには私、正直ドン引きいたしました。(それはバッシングした側に対して)
「ヒトラーを支持したドイツ国民」ロバート・ジェラテリー著(根岸隆夫翻訳)。5年くらい前に一度読了していますが、再び読んでみることにしました。
巧みなプロパガンダによってナチスのヒトラーは、ドイツ国民を騙した・欺いた、あるいは洗脳していったとか、恐怖政治を行ったイメージがあるかもしれないけれど、この本では国民が納得して「積極的に」ナチスを支えていったプロセスが丁寧に書かれています。
ナチス第三帝国の総統アドルフ・ヒトラーは、12年間もドイツ国民の支持を幅広く得て、その維持に力を注ぎました。その功績をザックリ言えば、第一次世界大戦に敗北したドイツを立ち直らせてオリンピックを開催。大型公共工事で労働問題を解決し、高度経済成長を成し遂げました。また、少子化対策や医療の充実、工業も発達しましたから、当時のドイツ国民から見れば偉大な指導者、英雄にも見えたことがうかがわれます。
ヒトラーが宰相就任直前のドイツは、自殺率が欧州諸国と比較して、イギリスの2倍、アメリカの4倍という著しい高さがあり、女性の社会進出にともなう少子化は加速、保守的な人々を不安にさせ、伝統的な家族制度の復活を望む人々が増えていました。また、犯罪率も増加の一途をたどり、メディアではゴシップや政治スキャンダルが報じられる毎日……という、まるで今の日本を見てるかのよう(苦笑)。
議会は小政党が乱立し、政治は迷走を重ね、議会の外では各政党の支持者同士や労働者、デモ隊が暴力衝突を繰り返し、そこに大恐慌が追い打ちをかけて、国民は政治不信。すべての政党と議員を見限っていました。(これがワイマールの時代)
そんな状況下で国民が選べる政党は、選挙のたびに権力闘争に明け暮れる腐敗した既存政党or革命を唱える共産党という二択を迫れ、その時に第三の勢力として現れたのが、躍進してきたナチス(国家社会主義ドイツ労働党)です。ドイツでマルクス主義が好きな人って少ないから(笑)、そうなると第三勢力のナチスに期待が集まるわけで、多くの国民に支持されました。
ちなみに、ナチスを支持したのは男性だけでなく、保守主義の女性、カトリックの女性、それから自由主義の女性までもがナチスの主張に同調しました。ヒトラーを権力の座に就かせたのは、混乱・低迷する社会から、正常な社会に戻したい、国民の切実な願いでした。
この本を読んで、とても驚いたことは、ドイツ国民による「積極的な密告」が行われたこと。実にさまざまな密告例が紹介されています。たとえば……、
- 長年連れ添ったユダヤ人妻と不仲から、彼女がヒトラーの悪口を言ったと密告→妻はアウシュヴィッツ送りとなった。
- ある既婚女性が、隣人の女性が「母親としての義務」を省みず、ポーランド労働者の男性と情事にふけっていると密告→その女性は収容所送り。
- ある少女が物知りな弟を密告。取り調べで少女は「弟を訴えたのは、いつも彼が威張っていて、彼の自説がいつも正しいとは限らない事を示したかったから」と答えたという。
……うーむ。なんだかなぁ。。。
一言でいうと「利己的が過ぎる」というか、そんな次元の話じゃないよねぇ。。。
よく「ゲシュタポ(秘密警察)」は積極的に国民を監視した怖い組織とかって教えられていたけれど、実際のところは、毎日このような密告にゲシュタポが忙殺されていたという……。
今で言うと、Twitterや各種SNSで、気に入らない発言があったらゲシュタポに報告してアカ凍結とか、巨大な釣り針を仕掛けて釣り上げる・晒すみたいなもので、それで容易く収容所送り、みたいな笑い話では済ませられないこと。これは頭を抱えてしまいます。。。
ゆえに、この「密告」にドイツ国民が積極的参加することにより、ヒトラーの独裁体制は盤石にもなったということが本当のところであって、権力者が強権をいつもブンブン(?)振り回して、「恐怖政治」なんて言葉でいわれているイメージのファシズム(全体主義)とは全然違っていたことは、この本を読んで初めて知りましたね。
で、ドイツの場合は国民が、自ら「積極的」に権威主義(この場合はナチスとヒトラー)に傾倒することだったとは。プロパガンダとか情報統制で~じゃなくて、それはあくまでサブ的手法だったのか~。
なお、この本では(お値段が5000円もすることもあってか)、ナチスが築いた積極的な市民参加による「密告」がヒトラーの独裁制を基礎付けられた理由が書かれています。人が抵抗して団結・連帯できないようにするための方法論も語られており、「これはちょっとブログでは書けないわ~」という、チキンな私としては、もう「怖いわ、コレ…」的な記述もありました。(よって、これは自主規制で割愛ですw)
現代では、敵対者にレッテルを貼るために、ヒトラーやナチスという言葉が使われます。たぶんこれは、相手がヒトラー的かどうかとか、ナチス支配時代的なイメージで(勝手に想像して)絶望して当てはめているのだろうけど、それは使い方として誤りというか、あんまり意味ないんじゃないですかね?
この本は歴史研究の類の本だけど、ここには最悪の選択をしないための様々な示唆に溢れています。当時に何が起きて、今は何が違うのだろうか? 誰かに扇動されず冷静に今を考える必要がある昨今、あらためて読んでみて、この時代をしっかりと学ぶ必要があるよなぁ……と、この本で描かれる様々な人びとの「密告」のおかしくも残酷な営みの数々をあらてめて目に通して思いましたね。もう、本当に現代の日本みたいで。
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コメント
経済政策で支持を得て、メディアなどで世論誘導し、最終的に国民が思ってもない方向に変えてゆく…
まんま今の安倍政権ですね。
人種主義のヒトラーとは違って宗教色の強い政権なのでどうなるか少し楽しみではあります。
ただ経済政策に関してはヒトラーの方がまともにやれてますね笑
投稿: やまだ | 2016/07/18 03:50
やまださん、こんちは!
コメントありがとうございました。
声が大きく、主張が強い人ほど
この本の「ヒトラーを支持したドイツ国民」に、
より近い状態であるとは言えそうかな…と私は思います。
なんつーか、私は政局自体には全く興味が湧かないので、
正直そういう話や主張は「どうでもいい」って感じですかねー。
そして「ナチス」や「共産主義」、あるいは「指導者」と
呼ばれる人たちのことも似たようなものでして、
そういうものに対しての信仰心や自身の信念なんて、
私には全然ありませんから。。。
(薄いというか、執着があまりないですねぇ…)
だから、ある意味、
「熱狂できる人」がうらやましい、とは思いますね。
投稿: 濱祐 | 2016/07/18 22:37