早野龍五・糸井重里「知ろうとすること。」
実はこの本を読むまでは、乳幼児専用の“ベビースキャン”について、これは「科学的に考えたら不要な機器では?」と、ちょっと疑問というか、懐疑的に捉えておりました。私がそう考えた理由・理屈は、この本の中にも書いてある通りで、(これは合理的ではないものなのに)それでもなぜ?と引っかかっていたのです。
科学的に考えれば検出されない。それはわかっている。でも、検出されませんでした、という結果が欲しい――相手を納得させる、安心させるためのプロセスには、コストの出し惜しみはイカンというか、なじまないよなーと再認識させられた一冊でした。
冒頭の「言っておきたいこと」に出てくる例え話にもつながりますね(笑)。
本書は対談形式で非常に読みやすく、1時間くらいで読み終えてしまう内容のものです。読み進めていますと、私自身の当時のことをいろいろ思い出し、ああ、その頃はそうだったねぇ……(しみじみ)などと、不思議と懐かしい気分にもさせられました。というのは、私自身、セシウムが検出された過去もあるから(笑)。ちなみに、この本にも書かれている通り、3ヵ月後の検査で未検出、その後もずっと未検出が続いております。
6章「高校生をCERNへ」の話は、福島県のニュース番組で知り、「そんなこともあったみたい」くらいの情報しか持っていませんでした。
今まで「ああ、そんなこともあったよね~」と懐かしみながらこの本を最初から読み進め、最後にこの希望ある話のところ、「彼ら、遣唐使みたいですね」で堪え切れず泣いてしまいました。きっとこの感覚は、福島県から遠い人には理解されないものかもしれませんけれど(笑)。
この本は、「~べき」というような論調ではなく、普通の口調で語っているところがよいですね。それから、本書の6章最後に早野氏が「科学的なリテラシーというのは、教わって得られるものじゃなくて、自分で鍛えて身につけて行くもの」と語っているところは、私もその通りだなーと思いました。
ただ、この本の内容で1つ懸念するところは、最初に述べた“ベビースキャン”について、プロセス上は必要な機器(コスト)ではあるのだけれど、これ以上は増えないことを祈るばかり。安心するためのプロセス上は必要な機器ではあるけれど、(これが福島県では無料の検査だとしても)その維持コストは誰が負担させられているのだろうか? そこは今後、見極めてほしいポイントだと思いました。
(この本を読んで、“ベビースキャン”への理解は進んだけれど、これについては、まだいろいろと複雑な思いが残っています…)
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