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慰安婦報道の元朝日新聞記者の会見

記者会見の映像を見ましたけど、この人が裁判で争えることは「捏造記者か否か」の名誉棄損のことだけであって、やはり記事の「不正」ではないのだなーと。
(下の写真をクリックすると写真の弁護士ドットコムのページに飛びます)
弁護士ドットコム

この元朝日新聞記者がやったことについては、私はあまり擁護できませんけれど、考えられる酌量できるようなポイントは、下記の江川紹子氏が書かれているようなところかな、とは想像しております。

【コラム 江川紹子】慰安婦と捏造(2015年1月14日)より

この記事が出た頃は、男性の韓国旅行と言えば、多くが売春ツアーで、「キーセン旅行」「キーセン観光」などと呼ばれていた。「キーセン」と言えば、売春がイメージされた時代である。元慰安婦の女性が元々売春婦で自ら進んで慰安婦になったような誤解を受けないように、という植村記者の配慮が働いたかもしれない。もしそうだとしても、それは「捏造」なのだろうか。

ところで、捏造記者のレッテル貼りをされている問題の元朝日新聞記者がやったことですが、捏造バッシングの話題が大きい割には、肝心の「この記者がやったこと」についてはあまり知られていないものかもしれません。というわけで、まずは以下に元朝日新聞記者が書いた問題の記事を引用いたします。

■朝日新聞「思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」 平成3年(1991年)8月11日付記事より


日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表、十六団体約三十万人)が聞き取り作業を始めた。同協議会は十日、女性の話を録音したテープを朝日新聞記者に公開した。テープの中で女性は「思い出すと今でも身の毛がよだつ」と語っている。体験をひた隠しにしてきた彼女らの重い口が、戦後半世紀近くたって、やっと開き始めた。

尹代表らによると、この女性は六十八歳で、ソウル市内に一人で住んでいる。
(中略)
女性の話によると、中国東北部で生まれ、十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。ニ、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。慰安所は民家を使っていた。五人の朝鮮人女性がおり、一人に一室が与えられた。女性は「春子」(仮名)と日本名を付けられた。一番年上の女性が日本語を話し、将校の相手をしていた。残りの四人が一般の兵士ニ、三百人を受け持ち、毎日三、四人の相手をさせられたという。「監禁されて、逃げ出したいという思いしかなかった。相手が来ないように思いつづけた」という。また週に一回は軍医の検診があった。数ヶ月働かされたが、逃げることができ、戦後になってソウルへ戻った。結婚したが夫や子供も亡くなり、現在は生活保護を受けながら、暮らしている。

この記事のあとに、同年12月25日付の記事でこの生存していた元朝鮮人従軍慰安婦の境遇が伝えられますが、8月の記事で伝えられる境遇と食い違う記述になっています。(これについては、話が長くなってややこしくなるので割愛しますw)

上に引用した8月の記事の中に太字で示したところがあります。これを裏付ける詳しい内容は、その後の新聞記事には一切ありませんが、同年12月6日に東京で起こされた「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求訴訟」の訴状の中に、上記の朝日新聞記事に登場した元朝鮮人従軍慰安婦の原告の訴えとして記載されておりました。要点だけ以下に引用いたします。
(ちなみに、この訴訟を起こした弁護士の1人に、福島瑞穂氏の名前があります)

■「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求訴訟」訴状より


家が貧乏なため、女性も普通学校を辞め、子守りや手伝いなどをしていた。○○○という人の養女となり、一四歳からキーセン学校に三年間通った。

一七歳(数え)の春に養父に連れられて中国へ渡った。

養父とはそこで別れた。女性らは中国人の家に将校に案内され、部屋に入れられ鍵を掛けられた。そのとき初めて「しまった」と思った。
(中略)
「心配するな、いうとおりにせよ」といわれ、そして、「服を脱げ」と命令された。暴力を振るわれ従うしかなかったが、思い出すのがとても辛い。
翌日から毎日軍人、少ないときで一〇人、多いときは三〇人くらいの相手をさせられた。
(中略)
部屋の中では、中国人の残した中国服や日本軍の古着の軍服を着させられた。週ないし月に一回位、軍医がきて検診を受けた。
(中略)
人生の不幸は、軍隊慰安婦を強いられたことから始まった。金をいくらくれても取り返しのつくことではない。日本政府は悪いことを悪いと認め、謝るべきである。そして事実を明らかにし、韓国と日本の若者にも伝え、二度と繰り返さないことを望みたい。

つまり、訴状の内容を読む限り、元慰安婦の女性は貧困のために養女に出され、さらに養父から日本軍に引き渡された。そして、原告の女性が考える自分の「人生の不幸」の始まりは、日本軍へ引き渡されてから、との認識である。

……養女に出した親も、育ての親も責められない、ということかもしれないが、これを一足飛びに、私の不幸は慰安婦を強いられたことから始まった、となるものなのか。(それだけ慰安婦の日々が酷かった、ということではあろうけど)


話を本筋に戻しますと、これらの材料を揃えた上で、2014年8月に報告された朝日新聞の第三者委員会の判断では、記事中にある「女子挺身隊の名で戦場に連行され」との事実はないと指摘され、これに従い朝日新聞はおわび、訂正を行っています。
また、同記事中の元慰安婦がキーセン学校に通っていた経歴を知りながら触れなかったことについても「書かなかったことにより、事案の全体像を正確に伝えなかった可能性はある」とも批判しています。

■朝日新聞第三者員会報告(要約)「名乗り出た従軍慰安婦記事について」より


元朝日新聞記者は、記事で取り上げる女性は「だまされた」事例であることをテープ聴取により明確に理解していたにもかかわらず、同記事の前文に、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり」と記載した。これは、事実は本人が女子挺身隊の名で連行されたのではないのに、「女子挺身隊」と「連行」という言葉の持つ一般的なイメージから、強制的に連行されたという印象を与えるもので、安易かつ不用意な記載であり、読者の誤解を招くものである。

なお、1991年8月15日付ハンギョレ新聞等は、女性がキーセン学校の出身であり、養父に中国まで連れて行かれたことを報道していた。1991年12月25日付記事が掲載されたのは、既に元慰安婦などによる日本政府を相手取った訴訟が提起されていた時期であり、その訴状には本人がキーセン学校に通っていたことが記載されていたことから、元朝日新聞記者も上記記事作成時点までにこれを知っていた。キーセン学校に通っていたからといって、女性が自ら進んで慰安婦になったとか、だまされて慰安婦にされても仕方がなかったとはいえないが、この記事が慰安婦となった経緯に触れていながらキーセン学校のことを書かなかったことにより、事案の全体像を正確に伝えなかった可能性はある。判明した事実とともに、キーセン学校がいかなるものであるか、そこに行く女性の人生がどのようなものであるかを描き、読者の判断に委ねるべきであった。

キーセンについては、前述の江川紹子氏が語る通り、悲しくも「売春」がイメージされるのではありますが、それが必ずイコールで慰安婦に結び付くとは限らないし、私としてはキーセン学校に通っていた過去が(本筋として)あまりジャッジに影響することはないけれど、この問題で重要なのは、女性は「誰に」だまされてこうなったの?だと思うんだよね。少なくとも「女子挺身隊」の名で戦場に連行されてないよ、この女性は。

率直な感想を言わせていただきますと、これは印象操作が過ぎます。

他の言語もそうなのかはわかりませんが、日本語の特徴は主語を示さなくても、(受け手が勝手に脳内で補完して)話が出来ること。この主語がよくわからないまま話が進むことはとても多いと私も思います。そういった場合は事実だけを確認すると全体像がこのように見えてくるわけです。

従軍慰安婦の問題を提起する際に、こういった印象操作が必要なのだろうか。どうしてもセンセーショナルに仕立てないとダメなもの?話題にしてもらえないから?読者が誤解するのが悪いの?それとも誤認させたいの?事実ではなくて感情を伝えたかったの?でれば、事実を明らかにした上では出来ないことだったの?

問題の元朝日新聞記者に限らず、こういうことは報道各社、本当にやめてもらいたいと私は思います。あらゆる報道に対して、みんな疑い出しますし、読者の思考の負担を増やして疲れさせるだけ。新聞の価値を見出せなくなりますよ。
(つーか、吉田調書に続きまたか、もとい、昔からこうだったのか……と)

東日本大震災の、特に東京電力の福島第一原発事故に由来する決めつけられた福島の風評被害報道で覚えた不快感とこれは一緒で、この事実を知ったとしても、従軍慰安婦そのものを肯定するわけでもなく、過去の日本人が許されるわけでもありません。それとこれとは、まったく別の話です。

ついでに言っておきますと、問題の元朝日新聞記者に対する家族への誹謗中傷なんて、私は仕方がないとは全然思いませんよ。元朝日新聞記者が捏造記者か否かについては、当事者同士で勝手に憎悪を募らせてやりあってください、という感じ。
どちらの結果に転んでも、元朝日新聞記者がやったこと、本当のことは変わるわけではありませんから。

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