カテゴリー「学問・資格・仕事」の34件の記事

加湿空気清浄機のお手入れを

「加湿空気清浄機の水って汚いよね」
先日、わが友人のご自宅へお呼ばれしたときに、このことがちょっと話題になりまして、その汚い水とやらを見せていただきました。

加湿空気清浄機の水の汚れ

うーん、これはすごい、すご過ぎです。茶色というか黄色というか……。タンクに補充した水道水は透明ですが、本体の水トレイに入るとこうなってしまうのだとか。ちと臭いもヤバいんじゃ……(汗)。

掃除機でフィルターのお手入れはしていると友人は言います。「ん?掃除機で?」この場合はそのフィルターじゃないだろう(笑)というわけで、私がちょっと掃除することになりました。←職業病的に気になって仕方がないw

加湿空気清浄機の水の汚れ

「え?ここが開くの!?」
そうです。加湿空気清浄機はこの水が入ったトレイがそのまま引き出せるのです。(取扱説明書を読んでないのだろうなぁ…)

加湿フィルター

トレイを引き出すと、写真の水車のようなフィルターが現れます。この加湿フィルターを掃除しないとダメなのですよ。

加湿フィルター

全体が汚れた水と同じ色に染まってます(笑)。原因はやはりコレでありました。
加湿フィルターは水を吸い込んでおりますので、当然、掃除機でのお手入れはできませぬ。

加湿フィルターを掃除

加湿フィルターを分解したところ。友人の話では買ってそのまま使い続けて2年以上とのこと。真っ白いフィルターがここまで染まるとは、なかなか興味深いです(笑)。これを水でひたすら押し洗いします。

加湿フィルター

とりあえず5分ほどフィルターを押し洗いして、汚れの素が出ないくらいになったら元に戻します。ちなみに、今回の水の汚れの素は、ほとんどが砂のようでした。(空気フィルターの網を通り抜けるほどの細かい砂や埃です)

加湿フィルターの掃除完了

ササッと洗った加湿フィルターを取り付け、水を入れてしばらく試運転。とりあえず水は汚れなくなりました。やり方を教えて見せたから、これでもう大丈夫だろう(笑)。

結構、この部分は掃除しないというか、ここが開いて中にある加湿フィルターを掃除しなくちゃいけないということ(つーか、このフィルターの存在自体)がわからないものかもしれませんねー。

インフルエンザや花粉症、あるいは黄砂や今話題のPM2.5など、プラズマクラスターとかナノイーなどの空気清浄機をお使いになっている家庭も多いご時世かと思います。水が汚れるのは正常に空気清浄機として働いている証拠。加湿機能も使っているのなら、月に1回でもいいから面倒臭がらず、この部分のお手入れしてくださいませ。(←つーか、まず取扱説明書ぐらい読んどけw>わが友人)

「フィルター交換10年間不要」というのは、お手入れをしての話だし、お手入れ不要って意味じゃないっす(笑)。

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相馬共同火力(新地)発電所

真冬のある日、私は福島県相馬市の港湾作業に来ておりました。

福島県相馬市の護岸工事現場

東日本大震災の津波によって、太平洋側の東北地方沿岸部のほとんどは破壊され、現在、南北700km以上の護岸復旧工事が同時進行されております。
もう、ぶっちゃけた話、予算(お金)が足りないのではなく、人と資材と重機などを含めた機材が全然足りないわけで、私の部門も作業が大幅に遅れております。(重機や資材が足りなくて半年間の延期なんつー話は結構あったりするのですよ……)

相馬共同火力(新地)発電所

というわけで、今回は上の写真の港湾から、向こうに見える相馬共同火力(新地)発電所へ向かいます。復旧作業の現場には日曜日はありませぬ(笑)。←慣れたけど

相馬共同火力(新地)発電所

発電所の港湾の入口です。
「ん? 発電所の港湾?」という方もおられると思いますので、簡単に説明いたしますが、電気を生み出すエネルギー源(燃料)を海外からの輸入に頼っている我が国の現状のことは、みなさんご存知かと思います。そのほとんどは海上輸送されて来ますので、発電所に限らず、こういったエネルギープラント(工場)は、それを積み降ろすための専用の港湾施設を自前で持っていたりするのです。

相馬共同火力(新地)発電所の港湾

ちなみに、こちらの発電所の燃料は石炭です。港湾施設のアーム状の機械で石炭タンカー(石炭船)に積み込まれている石炭をくみ取って(?)、長いベルトコンベアで発電機があるタービン建屋の方へ運ばれて行きます。(←かなり簡略した言い方ではありますがw)

相馬共同火力(新地)発電所

宮城県に近い福島県の北部にあるこの発電所が作り出した電気は、東北電力管内だけでなく、東京電力管内の首都圏にも送り出されています。私の住まいと家族は関東地方にありますが、心情的に「ここから東京電力管内の首都圏に電気を送らなくてよろしい」と言いたいところ。
でも、今この地域で安定的に稼働している工場(産業)はこれだけなので、グッとこらえている部分もありますな(苦笑)。また、同時に感謝もしております。

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AUREOLE(オレオール)の腕時計

腕時計がどうも故障しているっぽく、製造メーカーに故障の診断と修理を依頼すると2週間は帰ってこないような話なので、思い切って(?)新調することに。
今までデジタル表示で多機能の電波時計を使っておりましたが、今回は超オーソドックスに「時刻がわかればよい」アナログなものを選びました。

AUREOLE(オレオール)の腕時計

AUREOLE(オレオール)の腕時計です。チタン製で軽量で、基本的には電池交換不要のソーラーウォッチでもあります。ちなみに、フル充電させると5ヵ月間は持つそうです。←あと10気圧(100m)防水

詳しくは存じませんが、たしか、「AUREOLE」のブランドはスイスが発祥。「(神が与えるとされる)天上の宝冠」とか「(金色の)光輪」や「後光」といった、なんともヨーロッパらしいブランド名です。

かといって、これが今もスイスのブランドなのか?というと、そうではないみたいで、この時計の製造・生産は日本の技術でメイド・イン・ジャパン。大手時計メーカーに供給するケース(ボディ)のメーカーとしてスタートした企業が、スイスで100年以上の歴史がある「AUREOLE」の商標を獲得・継承したもののようです。

スイスの「AUREOLE」の名を受け継いだのは1986年らしいので、日本での歴史は30年近くということでしょうか。この事実を知って、日本の製造業もなかなか捨てたものじゃないなーと、ちと感動しております。。。

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飯舘村役場のモニタリングポスト

昨日は仕事帰りに飯舘村役場に立ち寄りました。
先月のニュース等でご存知の方も多いと思いますけど、現​在の飯舘村は国の管理下にあって、避難指示解除準備区域​、居住制限区域、帰還困難区域の3つの避難指示区域に再​編されたところ。ここでは居住(寝泊まり)は許されてお​りません。

ほとんどの村民は避難しており、村に人が集まるのは村役​場と、その向かい側にある地域活性化センターのまわりの​み。この付近の空間放射線量は0.75μSv/​hくらい。ここから南相馬市へ抜ける峠道を走ると1.4μSv/​hくらいまでに上昇しますが、今年の春からの数値は非常に​安定しています。(←今まで何度か線量計測しながら走った感じ​ですが)

※飯舘村の場合、除染作業が終わったところは1μSv/hを切るくらいまで線量が低下していますが、まだ作業が行われていないところは、当然その数値より高い値を示しています。詳しい各地の空間放射線量は文部科学省の放射線モニタリング情報を参照してください。

飯舘村役場

「飯舘村(役場)は、モニタリングポストの値を下げるた​めに、その周辺を徹底的に除染した」というような誤った​憶測の情報と記事が、今年の春頃にインター​ネット上で流れたらしいのですが、真相は「モニタリング​ポストが設置されている飯舘村役場全体を除染したら、(​当然ながら)結果的に値は下がった」だけなんですよねぇ​。。。

また、飯舘村役場のモニタリングポストの件ではこのほかにも、​「測定器の下には分厚い鉄板」と書かれていた記事もあっ​たようで、実物を見たことがない人には、おそらく、「モ​ニタリングポストの下には分厚い鉄板が敷かれている」とイメージして、その絵を思い浮かべながら読んでしまい、信じてしまった人もいるのではないでしょうか?

飯舘村役場の空間線量計

これが飯館村役場にあるモニタリングポストの実物写真。
測定器と一体型になっているベース(土台/​金属板)部分を、どうやら記事を書いた人は「測定器の下には分厚い鉄板」と​、これを表現したようです……。
まぁ、どういう認識を持つのかは、人それぞれなのでしょうけど……。

※ちなみに、このモニタリングポストは固定型ではなく可搬型。おそらく急きょ、試作したタイプではなかろうか?しかもこの形状、茨城県の東海村にあった壁面に取り付けるタイプに脚(土台)を付けただけのように私には見えるのだけど?(見たことがない人にはわからないことでしょうが)

……不安や不信感、または危機と危険、絶望感を煽る人の心理​って、なんなのだろうなぁと、ときどき考え込み、落ち込んでしまっている私がいます。飯舘村​に限らず、今まで暮らしてきた地域に住み続けたい人、戻​りたい人もいるのだけどなぁ。。。

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自然災害とIT活用に関する国際会議「big tent」

2012年7月2日に仙台で開催された自然災害とIT活用に関する国際会議「big tent(ビッグテント)」に参加しました。昨年の東日本大震災以降の私は、開発の現場から遠ざかり、もうすっかり被災地のインフラ復旧や導入整備、保守エンジニアの人と化しているのでありますが(苦笑)、まぁ、たまには勉強とか学びも必要だよなぁ……ということで、後ろの方で静かに会議を傍聴させていただきました。

ちなみに、この国際会議の主催者はGoogle社。翌日には同じく仙台で開かれる「世界防災閣僚会議in東北」の場でも同社のプレゼンテーションがあるというタイミング(というかスケジュール調整)のよさは、さすがだな~と感心いたしました(笑)。

big tent 2012

さて、本題の「big tent」の中身ですが、Google社としては、各国政府に情報公開をもっと行うように、かつ、その情報は「オープンデータであるべき」と主張しています。

「オープンデータ」とは何ぞや?と、開発現場から離れた私の頭には、なんとなくイメージ解釈できるまで、少々時間が必要でしたが(^_^;、要は「フォーマット」と「誰もが自由に使える公開の調査データ」ということのようです。(←たぶん!)

日本の企業や行政機関あたりを想像してもらうとイメージしやすいかと思いますが、特に事務職の人が紙ベースの文書をWordなどで作り、それをPDF化して(あるいはWordのままで)Webに公開する流れがあります。それが今の一般的な「業務の流れ」ではあるのだけれど、その公開する時のデータは、PDFを代表とするような「クローズドデータ(二次的利用ができないデータ)」ではなく、機械で自動的に読み込めるような「オープンデータ(そのまま読み込み利用できるデータ)」にしましょう!というのがGoogle社の提案であり、有識者と開発担当者たちの声でもあるんだな。

また、この国際会議では、情報の発信側の問題も多々あるが、受け手側のリテラシーが求められることも指摘されています。災害の発生時にITによる情報の恩恵を最大限生かすためには、今後もリテラシー教育は必要不可欠。国連防災部門の代表スピーカーは、「得られた情報をいかに使うか、個人と組織、自治体や国にまでを含む、すべてのユーザーたちに教えるべきことが多い」とも語っていました。

Google Earthデモ

上の写真は8面のモニターに映し出される巨大なGoogle Earthのコーナー。今回の国際会議用に、真ん中の1面(写真の黒い画面)以外は、震災前の映像が映し出されるようにセットアップされていました。国際会議のホワイエでは、このほかに日本版のPerson Finderのデモコーナーもありました。東日本大震災でも活躍したPerson Finderですが、日本版はいろいろと課題が多そう。このことでGoogle社の人と意見交換できたことはよかったですねぇ。。。

Google主催の自然災害とIT活用に関する国際会議「big tent」は、世界中の様々な事例を提示して語り合い、そこから学び合って、今後に備える、そんな感じの開かれた国際会議という印象を持ちました。

big tent仙台

ある意味、これは私の偏見なんだけど、こういった種類の会議って、「データは使えて当たり前」とか「提供されて当たり前」的な、同じ思想の人たちの話になりがちなのだけど、その偏りは感じつつ、情報を出す側に対する「あたりのやわらかさ」を少し感じることもできました。

国と地方自治体、企業や個人など情報を発信する側が、そもそも人手不足&パワー不足であることや、その人員の中で本来の業務以外にITの労力を割かねばならない現状が、たぶん最初はGoogleも専門家たちも理解できていなかったのかな?(災害時であればなおさらのことで) これを想像することができないギャップは非常に大きい。技術の進歩とともに、この部分もなんとかしないとねぇ。。。そんなことも思った仙台での会議でありました。


※私の主観たっぷり記事以外に、下記リンクも参照することをおすすめいたします。無論、こっちの記事の方が客観的で内容がよくわかるはず(笑)。[2012/7/5追記]

■NHKニュース WEB特集 災害時のIT活用 今後の課題は


※後ほど、この国際会議で語られた詳しいリポートが追加される模様です。個人的には復習を兼ねてチェックしたい記事ですなぁ。。。[2012/7/6追記]

■Impress Innovation Lab.【Big Tent: 2012報告(1)】
自然災害とIT活用に関するGoogle主催の国際会議が日本・仙台で開催

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放射線モニタリングポスト

久しぶりに栃木へ帰って来たある日、用事があって役所へ出かけたら、福島第一原発周辺の町では見慣れていたある物体を発見。

役所にあったモニタリングポスト

空間放射線量を24時間計測している可搬型のモニタリングポストです。
これは、環境モニタリングの強化を目的として、文部科学省により設置されたもの。地表1mの高さの空間放射線量を常時測定し、測定結果を文部科学省に送信しています。なお、その送信結果は、文部科学省の以下ホームページで公表されています。

▼文部科学省 放射線モニタリング情報
http://radioactivity.mext.go.jp/map/ja/
※ちなみに測定数値の更新は10分間隔で行われています。
(時系列データを表示させると10分おきの測定データが見られます)

定点観測ができるモニタリングポストは、ハンディタイプのサーベイメーターより精度が高く、24時間自動で即時に計測できますが、震災以降は、結構みなさん、線量計を持っていたりするので、「自分が持っているモノより、数値が低い。なぜ?」と、疑問を持つ人が多いように見受けられます。

サーベイメータに限らず、測定器を扱う人なら、あまり説明はいらないかと思いますが、測定器って、目的・用途に適したものを使わないと意味がありません。数値に騙されるというか、測定器に嘘をつかれてしまいます。

基本的に、ハンディタイプの線量計は、スポットを探し出すのに適しています。もともとは、漏えい線量測定のための放射線機器がハンディタイプなんですよねぇ。。。

空間線量とスポット線量の計測の違いと意味を、冷静に考えて受け取って欲しいのですが、正直、今の日本人だと、どうかなぁ……という不安がないわけではないですなぁ。。。

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studygift 坂口綾優さんのケースで思ったこと

今のところ、一般社会的(?)には大きな話題となっておりませんけど、インターネットの片隅では、ちょっと賛否を呼んでいる出来事が。

studygift 坂口綾優さんの場合

studygift(スタディギフト) ~学費支援プラットフォーム~
学費をクラウドファンディングで集めることができるサイトです。

学費の支援を訴えるページを何度も見返しましたが、正直言って、「うーむ」と唸ってしまう内容というか、なんというか。。。

支援案件の坂口綾優さん個人とか、場やツール(プラットフォーム)自体の批判は、正直言って私、あまり持ち合わせていないのだけれど、これは「何か違っている」と感じたわけは、一体何なのだろうか?

「賛否を呼んでいる」と最初に書いたけど、否定の方は批判ならともかく、誹謗中傷が寄せられているといった状況のようなので、SNSのコメントなどを見ると、ちょっとコレは何だかなぁ……と引いてしまったりするのでありますが(苦笑)。

その批判や誹謗中傷の中には、私が感じた「何か違っている」の答えは当然なく、この違和感は何なのだろう?と、しばらく考えた。

つまるところ、studygiftの坂口綾優さんからの訴えは、「写真やSNSに出会ってからは、良い成績をキープできず、奨学金を打ち切られて学費が払えなくなりました」ということなのだ。これでは文章中に反省が見られないし、それが感じられない。ただしこれは、私自身の読解力とか、文章(構成)に対するセンス、好みの問題かもしれませんけれども。私の感じた違和感は、たぶん、ここなんだろうなぁ。。。

坂口綾優さんのドラマチックな写真を使ったstudygift

素朴な疑問として、studygiftの坂口綾優さんの訴えを表した文章は、本当に彼女自身の言葉なのだろうか? ライターや編集者などの存在によって、変わってしまってはいないのだろうか? (なんか、文章に「心」がない、といいますか…)

最後の日本の奨学金制度についての部分も、後付けの理由・材料である感が否めない。日本の奨学金制度が他国と比べて奨学金とは呼べないようなものが多いことは間違ってはいないけれど、坂口綾優さんの支援の訴えには関係ないことだ。

だが、学費をクラウドファンディングで集めるstudygiftの存在自体は評価したい。
それは大学生のみならず、児童養護施設の子どもたちの学費や進学費用などにも利用できる可能性は十分ありそうだし、国や行政(税金)の負担を減らして、市民による子どもの教育支援の必要性がもっと一般に認知され、これが広がる希望は持てそうなのだから。

基本的に、studygiftの事業活動を支援したい人、学費を支援したいという人が支援をすればいい。同意できないのなら無視してもいい。それは今回の坂口綾優さん自身に対しても。

Google+の中で投稿される坂口綾優さんのドラマチックな写真(上の写真)を今まで見てきて評価していた私としては、彼女の努力による「写真の才能」に対してならば、支援もいいかも? とは一瞬思いましたが、今回、studygiftに掲載されている内容では、私の心が動かず大変残念。でも、目標金額が集まったようなので、それはそれでホッとしてはいますけど(笑)。

今回の件があっても、特に変わらず、Google+の中ではフォローさせていただこうかな。ドラマチックな写真の発表を、これからも密かに期待させていただきます (^^ゞ。


※私の表面的な話以外に、就学希望の子が抱える背景や人生、それに値付けというパラドクスを感じるご意見は、とても参考になるなーと、以下に参照先リンクを貼らせていただきました。よかったら、あわせてご覧くださいませ。(自分参照用のリンクでもあるのだけれどw) 今回のケース、やはり彼女だから成立したのだなと、再認識させられますね。。。[2012/5/22追記]

■やまもといちろうBlog「家入一真さんの例の件で願うことなど」


※同じく、やまもといちろうさんのブログ。その後、意外な展開があった模様。うーむ、ちょっと面倒な事態っぽい。丸く収まるといいのでありますが…。[2012/5/23追記]

■やまもといちろうBlog「続・Studygiftの喧騒が意外な方向に」

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意思表示は「対象」を明確に

秋田県のあるところ(あえて場所は言わん!)で見つけたステッカー。
「意思表示」なんだと思うのだけど、後でしばらく考えてみても、これはやっぱり、ちょっといただけない。被災地や放射線で苦しんでいる人が見たら誤解しかねない。

秋田「放射能いらね」ステッカー

これを見て、ほかのみなさんは一体どう感じるのでしょうか??

ちなみに、このステッカーがあった地域は、今年の夏(秋?)に首都圏から国の基準を超える放射性セシウムが検出された焼却灰が運び込まれてニュースになったところ。「なぜ、こんなステッカーを作ったのだろう?」と疑問に思って、後で調べてガッテン(?)いったのでありました。(←県外の人にはわかりにくい)

たぶん、そういう意味での意思表示なんだと思うし、そうだと思いたい私です……。

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iPad と Xperia acro

個人的にはあまり欲しいものではなかったけれど、仕事で必要に迫られて、つい最近購入したタブレットPCとスマートホン。使ってみた率直な感想は、うーん、ちょっと微妙(苦笑)。どちらも操作性はいいですし、製品(ハード)・モノとしては悪くない。ならば何故こんな感想を持ったのだろうか?

iPad2とXperia acro

つまるところそれは、今使っているパソコンの代わりにはならないから。「見る」とか「聞く」だけならコレでもいいけど、コレで「作業」はしちゃいけない。今のところ汎用的な作業には不向きな端末なんだなぁ。。。(←まぁ、当たり前ではあるけれど)

逆に言えば、音楽を聞く、映像を見る、Webを閲覧する、メールをするくらいなら問題なし。情報の収集と簡単な発信に使う場合もコレで十分だと思う。つまり、用途を絞れば(絞れれば)、その人にとって有用性が高くなる(化ける)ツールかなと。

ちなみに、当面はどちらの端末も基本的には仕事でのプレビュー表示(画面確認)でしか私は使わなそう。バッテリー消費が早い上に、スマートホンに関して言えば、月々の通信コストが今までの倍くらいに跳ね上がるので、携帯電話としての用途はしばらくないかなぁ。私の場合は、たぶん。。。

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なぜFAXはなくならないのか?

先週、仕事の打ち合わせに行った時、お客さんからタイトル通りの疑問が投げられた。電子メール、あるいはその添付ファイルで置き換え可能であるはずなのに、なぜ今でもFAXがなくならないのか?

少しばかり考えて、頭に浮かんだ私の答えを言ってみる。
それは「紙」の存在があるからなんじゃないのかなぁ。。。

我が家のファックス機<br />
(コピーとスキャナの機能が付いた複合機)

FAXは「紙を相手に送る技術」と言ってもいいかと思う。そしてその紙には、「媒体(紙自体)に直接書き込む技術」が含まれている。FAXはそれを含む技術がなくならない限り、きっと消えることはない──頭の中で情報を整理しながら、そんなことをしゃべっていたような気がする。

当たり前だけど、紙とは物体でもある。実体が存在するわけで、それを直接FAXで送ることができるという点も見逃せない。

FAXという技術は「紙」が存在することによって成り立っている。
ふと、「紙って何だろう?」という疑問がわいてきた。紙とは一体、どんな技術のものなのだろう──しばらくの間、頭の片隅で考えていた。

紙とはいかなる技術なのだろうか?その技術の根幹は何だろう?
仕事で使う手順書(マニュアル)を作成している時や、この記事を書きながら、頭の中を整理して、自分で書いたものを何度か読み返しているうちに、ふと、目から鱗が落ちる。

マニュアルを作成中

紙とは、それ自身が媒体となる存在。情報(絵や文字)を伝える(記録装置としての)メディア。紙という技術(物体)の神髄はここにある。すでに「媒体(紙自体)に直接書き込む技術」であると、自分で答えを出していたじゃないか(笑)。

FAXから紙の話にさかのぼって、いろいろ考えてみると、電子書籍のことであるとか、Webの世界のこと、Googleがやろうとしていること(?)などに、私の思考が勝手に連鎖してしまいます。「知(情報)の共有」という高邁な理想から始まったものだとしてもね……。

そんなことを考えてばっかだと、今の世界と自分自身ををますます嫌悪してしまうので、今はこの辺で考えることをやめときます。結論を出すのは早いというか、まだ先でもいいんじゃないかな?とも思ったので。

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