カテゴリー「恋愛・哲学」の7件の記事

「人のため」≠「ニーズ」

「人のニーズに応えること」で、「人のためになること」にはつながりやすい。
わかりやすい例でいえば、ビジネスや商売なんてものがまさにそう。

でも、その逆ってなかなか成立しない。
「その人のため」と思ってやることが、必ずしもその人に「必要」とされていることであるとは限らない。

「人のためにやること」と「人のニーズに応えること」って、実は全く別のことなんだなと。

ある人とお酒を飲みながら、いまさらながら、そんなことを思った最近の私です。

2010_12_27

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無償の愛

それに一番近いものは、おそらく「相手に何かをしてあげたい」と思い、それを行動に移すこと。なんだと思う。でも、「何かをしてあげたい」と思ったときに、まったく何の「見返り」を求めていないかどーかと言われたら、それはそーでもないと断言できる。

あの人が持つ強さだけでなく、弱さまでも愛しいと感じ、
私はあの人の支えになりたい──。

自分があの人の「支えになれた」と感じたとき、
そのときが相手から「見返り」をもらった瞬間だから。

あの人の「喜ぶ顔」とか「うれしそうな声」。
自分に直接向けられたものではなくても、「支えになれた」と思う心は弾むもの。

あの人が楽しそうであれば、自分もうれしい。
自分を満足させるために、「愛されている」という「保証」が欲しいだなんて思わない。

ただ、あの人が笑顔で喜んでくれさえばいい。
だから、あの人の「喜び」が自分の唯一の「見返り」である、ってことなんだと思う。

そういう意味で、
「無償の愛」など、存在することはないと悟った今日この頃です。

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「忙しい」という言葉の罪

「忙しい」という言葉に、ふと気が付くと、自分は甘えているのでは?と思うことがある。
そして、どちらの意味で使っているのだろう?と考える。

単純に「時間が取れない」、「時間が無い」という意味と、「優先順位が低い」という意味。

どちらにせよ、後回しにした結果、
それが、人を傷つけることもあるんだということを久しぶりに痛感。

やれやれ、なかなかうまくいかないなぁ。。。

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さめた愛

恋と愛は違うものだと、昔から誰かが言った言葉があります。恋はハシカみたいなもので、愛は静かにたくましく続く、などと。

恋の終着点は寝ることである。が、一緒にベッドを共にするだけでは気がすまなくなってくる。そこが恋と愛の境目ではないだろうか。私はお酒に酔いながら、結婚3年目の友人から、そんな語りを聞かされた。

──みんな、最初は楽しかったって言うじゃないか。そのあとなんだよな、問題は。

昔、夫婦に愛はあるのか?という話題で盛り上がったことがあった。
好きだから結婚したのだろうけど、5年も10年も、昔と変わらず好きでいられるわけがないじゃないかと、誰かが言ったら、その友人は、それって「さめた愛」というものじゃなのだろうか?と言ったことを思い出す。

私はその頃、さめてないものが愛だと思っていた。
でも、かつての熱狂はないし、ドキドキもしないけれど、一緒にいると安らぐから、これも愛だよと言われると、「さめた愛」という存在も否定しきれなかった。

──続けていくかどうかって違いもありますよね。

聞き役に回った私は、あいづちを打つように言葉を返した。

──続けていくと生活になっていくからね。恋から愛になるってことも、生活という要素が入ることだと思うんだよ。

──……悩んでますね(笑)。

男も、結婚してから悩むものなんですねぇ。男の私がそんなことを思った夜だったのです。

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恋愛は「コッケイ」なもの

先日、5年ぶりくらいで再会した、女友達(←わかりやすい表現)と、食事&お酒を飲みまして、「愛って何?」という話題になりました。

彼女は私より2、3歳年上で、そしていい女です。なおかつ、愛の放浪者で、年がら年中、恋愛をしている人だったりします。その証拠に(?)、まわりの同僚からもよく相談を持ち掛けられたり、合コンのセッティングを頼まれたり、以前付き合っている人とは別れてしまったけど、今はもちろん恋愛中なのです(自分の恋愛経歴を少しも隠さないところが素敵)。

その彼女が、酔っ払いながら、言うのです。
「愛って何?欲望とは違うよね。それでいて恋愛ってコッケイよね」
高らかに、陽気に笑いながら、言うのです。

「真剣になればなるほど、恋愛はコッケイなの。だからいいの」
彼女はうひゃうひゃ笑いながら、言うのです。

その笑い声には、恋愛を経験した人のみが持つ、かわいた陽気さが漂っていました。後悔したり、引きずったり、未練っぽくない、まさに1つの恋愛が完結したというような、恋愛経験をした人のみが持ち得る雰囲気でした。

私は彼女のその声を聞きながら、先日の夜は、本当に久しぶりにお酒に酔ってしまった自分を感じたのです。

「愛ってかけがいのないもの、ですかねぇ。素晴らしくて苦しいものだけど」
苦しいから素晴らしい。素晴らしいけれど苦しい。
彼女もこのあたりを「コッケイ」と表現したのかな?

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憧れの人、いますか?

akogare-no-hito.jpg先週末の雑誌ミーティングで取り上げられた話題。気が付けば5日間も頭から離れなかった(笑)。「憧れ」の対象が思い浮かばなかった私は、一体いつからそうなったのだろうとしばらく考える。夢や希望、そして理想を追い求めていたころには、たしかな「憧れ」というものがあったし、その対象となる人も存在していた。ミーティングの場でコメントに答えながら、私は心の中でなんだか寂しいものを感じてショックを受ける。

昔、「あの人のようになりたい」と思っていた。そばにいたいと思っていたし、相手にされたいと願っていた。それが私の場合、いつの間にか「あの人を超えたい」というものになってしまった。

手に届かないものだからこそ「夢」であり、だから果てしない「夢」や「憧れ」なんだよと、もう1人の私がすぐに答える。じゃあ、私はそれらを手に入れたのだろうか?

それは違う。私は手に入れたのではなく、多分それは「知り過ぎた」からなんだと、もう1人の私に向かって話しかける。彼からの返答は今はない。

「経験」というものが、今の私をここまで運んできてくれたことに感謝することが多かったけれど、失ったものがあったなんて、今まで全く気が付かなかった。それだけ今の「目の前の事」で精一杯だからなのだろうか?それとも「憧れ」は、「青春」のように「心の状態」をいうものであり、何度でもよみがえるものなのだろうか。

そうかもしれない。そうあってほしいものかな(笑)。

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きっと「愛しかった」のだと思う

今日は持病の定期検診で病院で半日くらい過ごした。
年が明けて初日の外来日だったので、病院内は多くの人で溢れていた。検診の予約時間を大幅に過ぎ、気分転換にと思って病院内を歩き出す。はじめは院内の売店をふらついたりしていたが、そのうち併設されてる医大キャンパスへ入り込む。大学生はまだ冬休み。人の気配が少ない校舎をぶらぶら歩いて時間を潰す。

病院の外では献血を呼びかける声。大学職員が献血の列を作っている。その横を通り過ぎて再び病院内に戻ってくる。だけど、まだ私の名前は呼ばれない。あまりの退屈さに、だんだん不機嫌になってくる。大きな窓ガラスを背にして寄りかかって待っていると、背中がだんだん熱くなってきた。ちょうど光が差し込む位置にいた私は、窓の外をふと見上げる。目に映ったものは病棟の窓。この角度から見た絵、私には見覚えがある。その瞬間に記憶がフラッシュバックする。

病気で亡くなった「特別な彼女」を思い出すときは、10年以上の時間が経っていても、いつまでもその時のまま。その昔に見た同じ風景は、まるで誰かが勝手に私の引き出しを空けて記憶を取り出したようなもの。あっというまに気分が感傷的になってしまった。それから病院内をゆっくり再び歩き出す。記憶を引き出すように1歩ずつゆっくり足を運んで行く。

目に映る昼間の明るい病院が、私の心の中では、あの頃一緒に歩いた夜の病院の風景と重なり合う。人がたくさんいる現実の待合室の風景も、私の中ではかき消され、記憶が勝手にリプレイされる。用もないのに手術部の前まで足を運んだり、呆然と通路の真ん中にしばらく立ちすくむ行動をしたりと、まるで夢遊病者。自分でも「どうかしている」と思っていた。その場所での記憶が私に涙を浮かべさせる。もう慣れたと思っていたのに、どうやら違っていたみたいでショックを受けた。

風邪を引いたせいか、ここ1、2日ほど指がむくんだようで指が曲がりにくい。指の力が入らず、思うように動かせない。そんな自分の手を待合室でじっと見つめる。もう片方の手で指をなでたりしながら触っている感覚を確かめる。前にもこんなことがあった。でも、なぜあんなことをしたんだろう。そう思うと、記憶が再びフラッシュバックして、瞬間的にわかってしまう。あのときわからなかったことが、どうして今になってわかってしまうのだろう。

彼女が「指に力が入らなくなっちゃうよ」と言って、病気がひどくなるとこんな手になるのと、ちょっとうつむき加減で差し出した両手の甲。それを自分の未来の姿として見た私はその手を受け取った。しばらくの間、お互いの手を撫でていた。そのときの私はよくわからなかったけど触っていたかったんだ。理由なんてないと思っていたのだけれど。

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