カテゴリー「【特設】東日本大震災の爪痕」の48件の記事

東日本大震災復興応援企画で福島県を除外?

「たまたま(福島商品の)在庫がなかった」とか「たまたま(福島の商品を扱う)取引先がなかった」などの釈明をされたそうですが、カタログギフトの企画で、その言い訳は苦し過ぎやしませんかね。(本当にその程度のことだったかもしれませんけれど)

東日本大震災復興応援企画で福島県を除外?

そもそも、このような企画のシンボルに福島県を抜いた地図のグラフィックを使うセンスも私には理解できません。冒頭の生協側のコメントが加わって、これは商品の在庫があることを前提とした企画であって、復興応援で企画されたもの・そのために集めた商品ではないのだな…ということが伝わってしまうわけで。 (少なくとも私、そう受け取りましたけど)

まして、東日本大震災の「復興支援」と銘打ったにもかかわらず、2014年の夏までは宮城県も入っていなかったとか、2014年の冬からは宮城と福島の商品が加わったけど、翌年の2015年夏からは福島の商品を加えなかった(加えられなかった)なんていう釈明は、これは本当に「特別な企画」でも何でもなく、単に(復興支援とかこつけて)普通に商品を売っているだけ、という証明だよね。 それで「売り上げ寄付します」とかいうならまだしも、なんだかなぁ…と思ってしまうわけなのですよ。

企画側の謝罪と釈明の資料から(一部)

それからこの騒動、福島の商品が扱われなかったから起こった話として報じていらっしゃるメディアの方々もおられるようですが、それ違いますよー。東北地方は5県ではありませんし、自分たちが暮らす地が東北地方から消し去られた、ましてこのような企画で、東日本大震災の(ある意味で最大の)被災地である福島県を地図から消し去られたことへの悲しみが第一ですから。

もっとも西日本では、東日本大震災が、ひっくるめて東北地方で起こった出来事とされているのだな~という認識が今回の騒動でわかって「へえ、そうなんだ~」とも思ったことは発見でもありました。(東日本大震災の被災地復興支援で秋田と山形…)

今回の騒動って、九州のどこか1県だけが地図上から消され、九州特集とか九州応援なんて銘打たれたら、なんやそれ?って話と一緒なのですよ。 まして、今年の2016年4月に発生した熊本の大きな地震で、熊本県内以外の被災地が「報じられていない」とか「知られていない」という身近な出来事があったのに、今回のような「不適切な表現があった」と謝罪に追い込まれるまで気付かないって何なのでしょうか?

きっと誰しも、こういうことって自覚が難しいことなのでしょうねー。
個人ではなく、生協という「集団」なのに、ですからね。 今回の騒動は。
(生協が掲げる「理念」や「ポリシー」は一体どこに…)

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「不要再有下一個福島」に感じたこと

先週の訪台で気分を害するものを見た。
この場所で撮った写真の、これだけが手ブレのピンボケを起こしていた。

言葉で表すと「正視するに忍びない」ものだったんだよね。
たぶん、私がこう感じたのは、少しだけ、ほかの人より「福島」が身近な地だからだろう。もう、他人事じゃないんだよね。

別に「反核」の表明はいいんだよ。
その下の文字が嫌だったんだよ。

「不要再有下一個福島」

東日本大震災によって、福島県にある、東京の電力会社が所有する原子力発電所が事故を起こした経験。日本でこれを分かち合えなくなったのは、こういう言葉のせいであることも一因なんだよね。

福島県に暮らす者、福島県が身近な人が、実際に訪台して、これを見たらどう思うのだろうか。私以上に傷つく人もいるかもしれない。そうやって「福島」を利用されるよね、というような諦め、仕方なさと一緒に。

これが今回の、訪台で一番の嫌な思い出。
「不要再有下一個福島」というような言葉は、使っちゃいけないな……と、再確認した出来事だった。

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先月までは広島、今月は福島。

東日本大震災の時にも思ったのだけど、今日この日にあらためて感じたこと。

爆弾が何個落とされたとか何人死んだじゃなくて、それだけを切り抜いて語ったり、強調するのは、何というか、まるで液体の底に沈殿物が溜まっていくような違和感が私にはあるんですよねぇ。。。

そこを語るなら、少なくとも戦前と戦中の暮らしがどうだったのか、それが戦後(敗戦後)どう変わったのか、その部分を知ること・知ってもらうことの方が、繰り返すけど、爆弾が何個落とされて何人死んだという話より、よほど大切なことなんじゃないのかなと。

私が知る限り、8月6日の今日は、広島の惨劇以外に、九州、四国、瀬戸内海、朝鮮半島南部の町と、東京の航空基地と施設の空襲があった日。調べれば、実はもっとあるのかもしれないけれど。(伝えるのなら、あちこちで、みんな誰かが心配で、みんな誰かをたずね、確認したり、探し回っていたことの方が、私には大事なことのように思えます)

広島の平和記念公園

気がつけば、ブログを4ヵ月ほったらかしにしておりました。
忙しくて…というよりは、諸々のパワー的な衰えを感じる今日この頃(苦笑)。

今年の春から、仕事で広島を拠点にした出張に5回×5~10日ほど出かけていて、そのほかに宮城や福島も行ったり来たり。来週からは1週間の予定で福島県の沿岸部をまわります。

特に夏休み的なものはなく、10月の秋になるまでは…といった感じです。
今年も暑い夏ですが、みなさま、ご自愛して過してください。
(事務処理とかデスクワークが落ち着いたら、何かブログ書くかもしれませんw)

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東日本大震災関連の報道やニュースで私が学んだこと

東日本大震災関連の報道で私が学んだことは、「事実」と「事象」は違うこと。
そして、ニュースを情報として読み込む中で、それらを少しは区別できるようになったことです。

「事実」というのは、たった1つの確かなことのように思われるかもしれませんが、事実というのは、語る人の数ほどある、ということに私はハッキリと気付くことができました。それに対して「事象」は、発生した現象であり、「唯一の確かなこと」です。つまり、「事実」というのは、起こった「事象」に対しての受け取り方。各個人の受けた結果で語られるものだから、それぞれの事実が存在することになるのです。

だから、事実は(その人の)事実として受け止め、それを否定する必要は全然ない。一方の事実は認められるけど、それに相反する対極的な事実も否定する必要はない。第三者やその機関が行う事実認定の「認められない」は、あなた自身の事実に対する否定ではなく、それを裏付ける有効な結果が伴わないから。あなたの受けた結果と、同じ事象から由来するほかの結果が見つからなかったり、あったとしても、それと合致しないから「認められない」なのです。

特に、マスメディアの情報や、ジャーナリストや活動団体とその個人から伝えられる情報には注意するようになりました。

このブログでは、「朝日新聞の吉田調書【記事取り下げ】について」や「慰安婦報道の元朝日新聞記者の会見」で書き記しましたけど、報道やニュースによる印象操作がひどくて黙って見ていられない、と感じることが私は多くなりました。(そういうことに気がつき始めたというか、なんというか)

ここ最近では、特にこの発言には私、とても大きな衝撃を受けましたね。もう、ガッカリというか、その文脈でこの比較は、情報として正しくないのでは?誤解・誤読を誘っているの?という感じで。

なお、この発言が出た会話の流れとしては、以下のまとめサイトを一例として、参照先を記しておきます。
■東浩紀さんと津田大介さんの「福島の人には、もっと“怒り”を発信してほしい」について - Togetterまとめ http://togetter.com/li/791126

私がこの発言に大きな衝撃を受けた理由を率直に書きますと、「福島知事選で原発が争点になる理由がない。これは当たり前の話」というもので、それは「あなたのリサーチ不足では?そんなことも知らないの?」という、まずガッカリ感が先にありました。

「福島県知事選は原発が争点にすらならなかった」という言葉は、あたかも知事選候補者のなかに原発の是非・賛否を問う声があったにも関わらず、それが無かったかのように争点化「すら」されなかったと、相手に印象を与えるもので、誤解を招く発言ではないかと私は思うのです。

まして、当時の福島県民の多くは、県知事選で原発を争点とするようには望んでいませんでした。なぜなら、すでに福島県としては震災があった2011年に、県と県内すべての市町村の議会と自治体で、福島県内にある全基の原子炉を廃炉とすることを求める決議や宣言がされていて、原発に対する姿勢が決まっており、県知事選が行われるよりも昔に、オール福島で脱原発を明確していたからです。多くの福島県民がすでにそれを支持している中で、これ以上の原発の、一体何を争点にする必要があったと考えるのか、私にはちょっと理解できません。

そもそもの話として、沖縄県の問題と比較することは適切ではないと私は思いますし、「沖縄は県知事選があの結果になって全国に基地問題について県民の意志が伝わった」に対する言葉が、「福島県知事選は原発が争点にすらならなかった」では、前述のように意味がよくわかりません。

福島県が「県内にある原子炉をすべて廃炉にすることを求める」こと、すでに脱原発の意志を表明しているにも関わらず、それが全国に伝わっていないから(もっと騒げ、怒れ)という理屈かもしれませんが、それはニュースとして取り上げる側・報じる側の恣意的選別による問題では?(そういう報道があったことを知らないの?それとも忘れちゃった?)

そういえば2014年の東京都知事選では「福島第一原発の廃炉を!」と訴えた候補者がいましたよね。その時には、すでにその原発を有する東京電力が第一原発の全基廃炉を決定してニュースでも報じていたのに。その時も(主要候補の間では)原発は争点にならなかったよね?それと同じと見ているのかな?

繰り返し言いますが、福島県においては(県議会/議会制民主主義によって)県民の総意として、福島県内にある全原子炉の廃炉という意思が決まっているのです。全国にそれが伝わっていないのは、あなたを含めたそれを伝えるべき職業の方々の能力が足りないからにほかなりません。

もっとも、福島県内にある全原子炉の廃炉が県議会で採択された話題、私は関東地方のテレビのニュース番組で知りましたけどね。それが大衆に十分知られていないから「あの福島県知事選で原発を争点にすべきだった」と受け取られるような発言は、つまるところ、福島県知事選をあなたの願望に利用したかったという告白そのものでしょう。

発言の「福島県知事選は原発が争点に(すら)ならなかった」は事実ですが、事象の捉え方としては間違っています。また歪めています。

情報を発信する者が、自分たちが望む方向へ人を動員・扇動したい、視聴者や読者を誘導したい表現や演出行為が目に余ります。主張を通す、目的達成のためには、正確な情報を伝えずに、人の印象に影響を与えようとする。中には「無知」や「思い込み」から来るものもあるでしょう。

けれど、あの震災から4年も経っているのに、相変わらず、線量計が出てくるシーンに悲壮感漂うようなBGMを流したり、危険や不安を強調するかのような言葉を言わせる・使う・選ぶという、現地の人たちの多くから信用も支持を得られない小さな積み重ねが、不安や風評を醸成する印象操作につながる場合があることも、いい加減に気づいてほしいと私は思います。

マスコミ関係の皆様には、情報はぜひ「ご正確に」お願いしたいところです。
(たとえそのつもり・意図がなくても、当事者はそういう部分に敏感ですから)

ついでに、怒りの声をあげてほしい、という人たちへは、あなたたちが言われるような「気持ち」や「感情」の問題よりも、こちらは直面する「現実」の問題のほうが大きいですよ、ともお伝えしておきます。

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朝日新聞の吉田調書【記事取り下げ】について

朝日新聞による吉田調書「命令違反し撤退」報道の記事取り消し謝罪については、私はさほど驚くこともなく、まぁ、なんというか、「……やっと認めた(謝罪した)か。。。」という程度のもので、あまり衝撃を受けることはありませんでした。というのは、東京電力福島第一原子力発電所事故の各調査報告書を読んでいて、この報道を鵜呑みにしなかったからなんですよね。

朝日新聞「吉田調書」特設サイト

2014年5月20日の朝日新聞で「原発所員、命令違反し9割撤退」などと一面で大スクープとして報じた上に、特設WEBサイト(写真上)を公開する力の入れようでしたが、まぁ、読んでみて、「あれ?なぜこう受け取って、こうなったの!?」と、不思議と疑問を通り越し、特に特設WEBサイトの方を読んでみると、「この書き方は、“プロメテウスの罠”と一緒だなぁ……」と。 なんつーか、「またか…」という感じでしたねぇ。。。

ちなみに「プロメテウスの罠」とは、朝日新聞(朝刊)に連載されているルポタージュ記事のことです。書籍にもなっており、2012年に新聞協会賞を受賞しています。

2011年3月11日に起こった東日本大震災後の私は、主に津波被災地の復旧と復興の現場に出ています。そこで得られた生の情報と、被災地から遠く離れた新聞社やテレビ局の報道が取り上げるもの・興味と関心を寄せる対象になるものには乖離性があることを強く実感しています。

被災地の復興や、東京電力の福島第一原発事故と放射能に関するニュースの取り上げ方は、困難に直面している地では事実に基づいたドライで公的なニュースが主ですが、東京など遠く離れた地では少し変わります。割合としては大きくないと思いますが、扇動的で過度の警鐘を鳴らす内容といった感じでしょうか。
これを「日本」と「海外」のメディアに置き換えたら、ちょっと想像しやすい方もいるのではないでしょうかね(笑)。

今回の朝日新聞の件に関しては、これを朝日新聞の問題としてだけで捉えるのではなく、他の新聞社や雑誌、テレビ、ラジオ、インターネットなど各メディア共通のものと捉えてほしいと私は思います。国や政府、東京電力などを貶めることで被災者は喜びません。それを見て喜ぶのは「観客」だけですからね。


※朝日新聞の「吉田調書」報道の誤りが何かを知りたい方は、こちらのブログを参照してください。(長文ですが、とても丁寧にわかりやすく書かれています)

■公開された「吉田調書」には何が書いてあったのか?
http://tsukuba2011.blog60.fc2.com/blog-entry-805.html

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4回目のお盆を迎えた石巻&女川

9月に入り、しばらくの間は小休憩といった感じで関東地方にいる予定です。
中旬からまた音信不通気味に(たぶん)なりますけどw(to:関係者のみなさま)

先月はお盆期間中も帰らず(離れず)に、宮城県と福島県各地の作業に出ておりまして、現地のFMラジオから聞こえる「4回目のお盆を迎えた震災の被災地」という言葉に、ぼんやりと時間の経過を感じていた私でありました。

2014年8月の石巻

上の写真は、先月(2014年8月)の石巻市。震災以降は毎月のように同じ場所から眺めています。実は昨年の今頃と比べると、ちょっと変化した部分があります。下の写真と見比べておわかりになるでしょうか?(写真撮った位置とか構図がちょっと違うのはご勘弁をw)

2013年9月の石巻

この写真は2013年9月に撮ったもの。違いが「地味」で、ニュースにならないくらいのものですが、まぁ、これが「インフラ」整備というヤツで(苦笑)。大きな地震で地域全体が約1mも地盤が沈み、その上、津波に襲われた被災地ですから、その復興というのは、現地から遠く離れた人たちが言うようなスピードでは進まないことが、これで理解できるでしょうか。。。(護岸工事が進み、実は川幅が狭くなったのですが、これは言われないとわからないですよね……)

* * * * *


続いて、石巻市に隣接する女川町の先月(2014年8月)の写真。

2014年8月の女川

こちらの場所も震災以降は毎月のように同じ場所から眺めています。写真が小さくてわかりずらいでしょうけど、昨年の今頃と比較してみましょう。

2013年9月の女川

2013年9月の女川町。こちらも違いがやはり「地味」ですが、写真右のクレーンがあるところは港(ふ頭)です。昨年は工事中でしたが、今年は船が着岸できるように整備されていました。(ちなみに先月写真の右側の白い塊は、建物ではなく港湾建設用のコンクリートブロックです)

なお、女川町に関しては、JR女川駅が新しく整備されるところ(先に紹介した景色の反対側/山側)の進み具合が目覚ましく、震災による地盤沈下と次の災害に備えるための土地の「かさ上げ」が終わっている部分もあって、いよいよ駅舎など建物の工事が始まるかも…と予感させる状態でありました。

2014年8月の女川(JR女川駅側)

下の道路と比べてみるとわかると思いますが、かなりの高さで土地の「かさ上げ」がされています。山を切り崩して高台の宅地を造成し、それによって出た土も利用しています。

毎月、年々と各地の津波被災地を眺めていますが、あたらしい街に変わる期待感と、今までの景色(震災前の面影)が失われる寂しさで、複雑な思いにかられます。

海のそばにあった家や建物、人の生活感がなくなって、海沿いの街はまるで要塞のような防潮堤で囲まれたり、そこは防潮堤のある公園になったりするのかなぁ……なんてことも想像することがあったりするのよねぇ。

前に進むしかないのだけれど、いろいろ弱ってきた時(?)に、そのようなメンタルになってしまうことがあって、いかんともしがたいところの私でございます。
まだまだ未熟なのだなぁ、私ってば(苦笑)。

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教科書に載った「神様2011」

実は最近まで「神様2011」という小説の作品が、高校の国語(現代文)の教科書に採用されていたことを全く知らず、このことについては福島県のある国語教師から話を聞いて知りました。なんでも、この作品で授業をした時に、涙を浮かべたり、泣いてしまった生徒が多かったそうで、「授業で取り上げるには(まだ)難しいかも…」、どうしたものかと考えるところがあるそうです。

神様2011

「神様2011」という作品は、この本の著者・川上弘美のデビュー作品「神様」の続編というか、東日本大震災により引き起こされた原発事故を受けての「改訂版」です。書籍「神様2011」の中には「神様」と「神様2011」だけが収められています。超ざっくりと「神様」のあらすじを書きますと、主人公の「わたし」が、マンションの3つ隣の部屋に越してきた「くま」と近くの川にピクニックへ行って帰ってくる話です。「くま」は動物の熊のことです。で、物語は「悪くない一日だった」で終わります。(書籍版「神様2011」の中で、内12ページの短編ですw)

改訂版の「神様2011」でもあらすじは同じです。最後に「悪くない一日だった」で締めくくられています。違うところは、お話が2ページ分だけ増えていることで、お話が増えているというよりは、記述が増えているんですよね。たとえばこんな感じで。

春先に、鴨をみるために、行ったことはあったが、暑い季節にこうして弁当まで持っていくのは、初めてである。(川上弘美「神様」より)


春先に、鴨をみるために、防護服をつけて行ったことはあったが、暑い季節にこうしてふつうの服を着て肌をだし、弁当まで持っていくのは、「あのこと」以来、初めてである。(川上弘美「神様2011」より)

「神様2011」で記述が追加された部分をわかりやすくするために太字にしました。
なお、この作品を教科書に採用した出版社のコメントが新聞記事にありましたので、あわせてここに紹介しておきます。

■毎日新聞:教科書 12年度検定42点に「東日本大震災」の記述(2013年04月19日)より

「現代文B」で作家、川上弘美氏の「神様2011」を掲載した教育出版の担当者は「震災や原発事故への評価が固まっていない段階で教科書に取り上げるのは難しかった。しかし『震災を風化させたくない』という思いがあった」と振り返る。

「神様2011」は、原発事故を想起させる「あのこと」の後、放射性物質が残る中を言葉を話す「くま」と「わたし」が散歩に出るストーリーで、デビュー作「神様」を震災後に書き換えた作品だ。担当者は「事故後の世界であっても『くま』と『わたし』の優しさなど普遍的なテーマが盛り込まれている。この小説を読んで憎しみを感じる人はいない。高校生にこの作品を味わい、テーマについて考えてほしい」と期待する。

原発事故を遠いところ、それこそ映像や新聞などでしか知らない生徒たちと、比較的に近いところで事故に遭った(実体験としてある)生徒との間には、この作品に対する感受性が違い過ぎるのではないだろうか?と、私も思うところ・考えるところがあります。

実際、教科書にどのような載せ方をしているのかは確認しておりませんが、教科書に「神様2011」を載せるにあたって、その前の「神様」という作品が一緒にないというのはどうなのだろうか?

あと、この作品を授業で取り上げる際には、著者の「あとがき」に触れることも必要ではなかろうか。原発事故が身近なところにある生徒にとっては、この著者のメッセージは必要不可欠のように思います。

震災以来のさまざまな事々を見聞きするにつけ思ったのは、「わたしは何も知らず、また、知ろうとしないで来てしまったのだな」ということでした。
(中略)
2011年の3月末に、わたしはあらためて、「神様2011」を書きました。原子力利用に伴う危険を警告する、という大上段にかまえた姿勢で書いたのでは、まったくありません。それよりもむしろ、日常は続いてゆく、けれどその日常は何かのことで大きく変化してしまう可能性を持つものだ、という驚きの気持ちをこめて書きました。静かな怒りが、あれ以来去りません。むろんこの怒りは、最終的には自分自身に向かってくる怒りです。今の日本をつくってきたのは、ほかならぬ自分でもあるのですから。この怒りをいだいたまま、それでもわたしたちはそれぞれの日常を、たんたんと生きていくし、意地でも、「もうやになった」と、この生を放りだしたくないのです。だって、生きることは、それ自体が、大いなるよろこびであるはずなのですから。 (川上弘美「神様2011」あとがきより)

高校の国語の教科書として「神様2011」の授業展開を考えれば、ストーリーだけでなく、文章の表現としてどうなのか?とか、なぜ「くま」は、「熊」でも「クマ」でもないのだろうか? 主人公の「わたし」は男性or女性?(実はどっちにも取れるw) 「くま」は礼儀正しくて優しいけれど、なぜちょっと怖いと感じるのだろう?など、小説の文脈に沿ってあれこれ考えてみたり、授業でみんなと一緒に話し合ってみる、なんてこともあるかなーとは想像できます。でもこれは、原発事故から遠い地域・人の場合かな、とも思うんですよね。

東日本大震災による津波と原発事故を近いところで体験した生徒の中には、それを経験してない先生や生徒たちと違って、いろいろ複雑なものを抱えています。かくいう私も、ちょっとトラウマというほどではないけれど、自分の中にそれが存在することを認めています。みなさんはもう忘れているかもしれませんけれど、スクリーニング済証の経験などの、当事者性の濃い人たちが受けた、当時の憤りと悔しさ、悲しさ、差別的扱いなどを思い起こさせるには、十分な記述が「神様2011」の中にはあります。

著者が「神様2011」を執筆したのはタイトル通りの2011年。その当時の情報から想像して書いたものだから、ある程度仕方がないところはあるけれど、2014年の現実の状況と照らし合わせると、世界観としては「差があり過ぎるなぁ…」と私は思います。このあたりを高校生が自分の中でうまく処理できるかどうか。たぶん、他県の学校の先生や生徒たちにはない課題が当地の先生たちにはあるでしょうね。

「神様2011」は、書籍としては許せるし、いいかな?(むしろOK!)と判断するのだけれど、これが教科書に載って授業で、となると、私も福島県の国語の先生同様、ちょっと考えてしまいます。本当に複雑なんですよ、こういうことは。。。

原発事故を近いところで経験した生徒たちには、まだ教科書としては早いかな。遠いところの生徒たちと違って、先生たちのフォローに頼る・期待したいところ(負担)が大きいかなぁ、せめて「美味しんぼ」の件がなかったらなぁ……と思う今日この頃です(苦笑)。

書籍の「神様2011」は、本としては、本当にとてもよいものだと思います。むしろ私の好みの本ではありますが、当事者性が濃いゆえに、これは読み物として正直ツライものがある作品です。いまだに、つい無表情・無感動を装ってしまう自分がいます。


神様 2011
神様 2011
posted with amazlet at 14.07.17
川上 弘美
講談社

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HAPPY石巻版&福島浜通り版

先日公開されたHAPPY福島浜通り版に続き、HAPPY石巻版も昨日アップされました。東日本大震災以降は東北エリアの津波被災地で仕事をすることが多かった私としては、これはもう「うれしい」の一言です。それぞれいろいろあるけれど、こういう笑顔があるだけで、前に進んで行ける気がします。

というわけで、まずは昨日アップの石巻版から。

ちなみに、石巻の津波被害が大きかったところは、まだまだこんな感じです。
(写真は昨年9月のもの)

2013年9月の石巻

一応、HAPPY石巻版の中に出てくる絵の1コマに近いものを載せてみました。先月末に日和山から見た景色と、大きくは変わりありませんでしたね。。。


そして次は、石巻版より数日アップが早かった福島浜通り版。

下の写真も昨年9月に撮ったもの。福島県いわき市(小名浜)です。HAPPY福島浜通り版の映像には出てこない絵ではありますけど、この映像を見て私が頭にフラッシュバックした景色の1つです。

2013年9月のいわき・小名浜

震災前、舗装された丁字路の信号機の前には小さな写真館が建っていました。津波のあとも建物は残っていました。でも、今はありません。

石巻も福島浜通りも、震災前のそれぞれの街の様子を少なからず記憶していますから、ここがどういう場所で、あの津波でどうなったのか、そして今も、毎日ではないものの、定期的に仕事で訪れて見ているから、ただファレル・ウィリアムスの大ヒット曲「HAPPY」に乗って踊っている映像ではあっても、見る者によって見えているものは、実はそれぞれ違います。

今思うと、HAPPY福島版が公開された時に、ネガティブコメントを寄せてしまった人たちは、たぶん、映像の中に描かれる笑顔の裏側とか、そういうところには想像力が働かなかったのだろうな。そんなことも思いました。


※HAPPY福島版の件をご存知ない方もいるかもしれないので、以下の記事も参考としてリンクを載せておきます。

■今の福島のひとつの姿「HAPPY福島版」
http://hamayu.cocolog-nifty.com/column_diary/2014/06/happy-bd39.html

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官邸前反原発デモについて(私の認識と見解)

福島民友新聞『原発災害「復興の影」今を追う 反原発デモに違和感「福島差別」助長した側面』の新聞記事(コラム)内容をめぐり、「やっとこういう記事が出てきたか」と歓迎する人たちと、「これは事実誤認。官邸前反原発デモが差別を助長することはない」と批判・抗議する人たちがいることについては、前回のエントリーで触れました。

この新聞記事の反響について某SNS上で少し首を突っ込んでみたところ、双方の言い分に「なるほどねぇ…」と感じる部分がいくつかあって、対立ではなく、お互いが足りないこと、いたらないところを補完できるようになるといいよね、なんて思いました。それぞれが選ぶもの、重要視するものが違っていても。

* * * * *


ところで、反原連の官邸前反原発抗議デモに参加したことがある方、すでにビギナーの域を超えている参加者には、今さら説明する必要はないことですが、「官邸前反原発抗議デモ」の主催は反原連(首都圏反原発連合)です。そしてメディア等で取り上げられる「官邸前反原発抗議デモ」の代表格。2014年7月の現在は、この反原発抗議デモの参加者も一昨年と比べると少なくなり、認識としては「官邸前反原発抗議デモ=反原連」で問題ないでしょう。

なぜ、現在は「官邸前反原発抗議デモ=反原連」の認識で問題ないですよ、なんて書いたのかといいますと、福島民友新聞の記事の中で語られる、福島県内で反原発運動を冷ややかに見る向きが多い人の「反原発デモ」のイメージは、たぶん、テレビや新聞などで大きく報じられた昔の「大飯原発(福井県)の再稼働が焦点となった2012(平成24)年夏に20万人集まった」イメージのままなのでは?と思ったから。

あの頃の官邸前反原発抗議デモは、反原連が主催のそのデモに、(勝手に連携とか合流と称して)ほかの抗議デモ団体も集結していた時代。それこそナントカ労働組合とか中核派、革マル派の旗があったり、集団疎開や脱被曝を訴える団体などが官邸前に集まって大騒ぎになりました。で、これをマスコミが「十把一絡げ」にして報じてしまったから、「反原発デモ」のイメージが「あの当時のまま」という人が、実は多いんじゃないのかな?

※2012(平成24)年の夏に20万人集まった頃は、
「官邸前反原発抗議デモ=反原連+その他抗議デモ団体(多数)」です。
大飯原発再稼働の最終承認機関である日本政府を共通の敵として、反原連の官邸前反原発抗議デモに、それぞれの思想と主張、根拠を持つ多くの人と団体が集まりました。(この当時の原発再稼働に疑問や違和感、反感を持ち、原発再稼働反対のシングルイシューで人が集まった)

もしそうだとしたら、福島民友の取材を受けた反原連の主催者団体メンバーが、あの新聞記事に抗議することは、想像するとちょっと合点がいくところなんだよね。なぜなら、反原連の官邸前反原発抗議デモは「原発問題の抗議(それ以外の主張は排除)」がポリシーだから。これが守られているならば、記事中の「そんなところ(郡山)に子どもを住ませるな」という発言は、反原連の抗議デモ参加者ではなく、ほかの団体(たとえば集団疎開とか脱被曝団体の人)からのものかもしれない。

ただ、これって、反原連の官邸前反原発抗議デモに参加したことがない人には(よく事情がわかっていないと)区別されにくいことで、マスコミがひっくるめて「反原発デモ」と報じていることを考えると、「反原発デモ=主張のために福島差別を叫んでしまう人たち(もいる)」と認識されやすいですよねー。

ビギナーレベルの反原発デモ参加者では区別がつかないことだろうし、まして、ただの見物人やお茶の間でテレビを見て存在を知ったような人たちでは、たぶんわからないことだと思います。実際、各抗議デモを横断的に参加する人もいますからねぇ。

※反原連のポリシーを無視した(他の思想を持つ団体や個人の)デモ参加者が、反原連が主催の官邸前反原発抗議デモで声を上げてしまったり、声には出さずとも、他方法により主張を行ってしまうことは実際にありました。
また、反原連の官邸前反原発抗議デモの中で、国会議員になる前の山本太郎氏が「食品100Bq/Kgは放射性廃棄物」とマイクでスピーチした映像が流れたことも。福島県双葉町の井戸川元町長の主張(ほぼ国や政権に対する批判/原発への抗議スピーチの内容ではない)もありました。主催者団体メンバーはこれを止めることはしませんでした。(当時はこれを容認した)

今は反原連が主催の官邸前反原発抗議デモに集まる人は2000人くらいって言われているけど、官邸前に集まる人、抗議活動をしている人、あるいはグループ(エリア)が、反原連なのかどうかは傍目にも区別しづらいところはあるから、どうやって識別するのか・させるのかは、双方にとっての共通の課題でしょうね。

* * * * *


私自身は、官邸前反原発抗議デモに参加したことはないけれど、何度か傍観者としては見ています。ちょっとガラの悪い人とか怖そうな人(笑)はいますけど、反原連が主催の反原発抗議デモ参加者は、総じて「福島差別」を叫ぶような人は少ないです。ここで「少ない」と私が書いたのは、この抗議で行われる表現が差別につながったり、それを手助けしたりするかも?とか、福島に限らず、原発が建っている地域の人が、この抗議の表現を知ってしまったら傷つくのでは?と疑問に思うもの、反感を持つものもあるからなんだよね。

反原連の官邸前反原発抗議デモの中で、太鼓や鈴のリズムに乗せて叫ぶ言葉が「原発いらない。子どもの為に、未来のために」なら全然問題ないのだけれど、反原連の旗がある別の場所でのパフォーマンスでは、「女川反対、東北危ない、地震が来るぞ、津波も来るぞ」なんてコールしているグループもあるんだよね……。

津波被災地の宮城県女川町

『……抗議したい対象は「女川原発」だと思うけど、その場合は、せめて「女川」と端折っちゃイカンのでは? 東日本大震災の大津波で、町全体が壊滅的な被害を受けた女川町(宮城県)の人がこれを聞いたら、気分を害するんじゃないのか?』って、私は思うんだよね。言葉の1つ1つは「差別」じゃないけれどさ。

ほかにも、原発事故を起こした福島第一原発で、地下水の放水が開始されて、漁業の試験操業が開始された間もない時期に「汚染水止めろ、放射能止めろ、海に流すな、福島汚すな」や「桜島爆発するぞ、川内反対」などなどあったりして。差別的示威行為で共感できず、はっきり言って不快で不機嫌になりましたね。

だから、あの新聞記事の内容を読んで「反原連の運動が福島差別を助長することはあり得ない」なんて言われても、これでは説得力がないんじゃないですかね? だいたい、差別を助長するものが必ず差別発言であるとは限らないわけですし。 福島民友の記事にある、「原発デモ」に違和感や反感を抱く人たちがいることは、そういう部分も寄与していると思いますよ。原発に反対でも運動とは距離を置いてしまう人の心、心理を読めなさ過ぎます。

仮に、今は「そんなことをやっていない」といっても、昔は「やっていた(やってしまった)」わけだからね。デモの主催者団体側は、毎週実施していることだから、そういう認識が甘くなってしまうのだろうけど、見る側からすれば、たった1日でも、数時間、数十分でも、目の前で繰り広げられている世界がすべてだからね。

あと、これは主催者団体側というよりは、反原発抗議デモ参加者に対してだけど、反原発抗議デモのポリシーに違反する主張は一切出さない方がいいよ。「怒りの表現」なんていうくらいだから、大声で連呼して心拍数が上がってしまって、つい出てしまうのだろうけど、そういう場で「改憲反対」など全然関係ないことを一言でも叫ばないほうがいい。そういうのは少なくても目立つから。これも違和感を覚える1つだよ。(主催者団体側のガバナンスが不十分、ということでもあるけど)

官邸前反原発抗議デモの中で、声には出さないが、頭に被る帽子や手に持つメッセージボード、うちわ等に「TPP反対」や「オスプレイ反対」、「特定秘密保護法反対」など、原発問題と直接関係ない主張を行う者も参加していた。これを主催者は容認していた。これも福島民友新聞の記事に書かれている「運動の継続のため」の1つにあたるのかもしれない。
(主催者の公式アナウンスでは、参加者に対して反原発抗議のポリシー以外の主張は遠慮をお願いしているが、参加者全員が必ずそれを尊重してくれるとは限らず、察するに、これはなかなか頭の痛いところとは言える)

私としては、あの福島民友の記事に書かれている内容は、起きている事象を表す・把握するためのものとしてはいいのかなって思うんだよね。反原連デモの参加者から出た言葉じゃなくても、同じ官邸前反原発抗議デモの中(場所)から発せられた言葉だから。反原連のデモに関わらず、「反原発デモ」をそのように見る人・見えている人は全国的に結構いると思いますよ。

■官邸前原発再稼働反対デモに感じた違和感 「社会科学者として」より


――当事者ではない人たちが介入し、その結果生まれるかもしれない電力不足のリスクを引き受けないということは、やはりおかしな感じがするのである。

反原発デモが行われている首都圏に電気を送っていた東京電力の原子力発電所事故。その大きな被害を近い場所で受けた人たちが感じる違和感や反感さえも受け止めず、またその声を聞きもせず、時には否定さえもして、3年以上経過した今、福島県の新聞に記事として載ったことを、反原発に対する「貶めである」とだけ思わずに、少しは考えてほしいとも私は思い願っています。このことが対立ではなく、みんなにとってよいキッカケになりますように。


※というわけで、前回のエントリーに転載した福島民友の新聞記事を、あらためて以下にリンクを貼っておきます。

■官邸前反原発デモについて(新聞記事内容の転載)
http://hamayu.cocolog-nifty.com/column_diary/2014/07/post-a47d.html

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官邸前反原発デモについて(新聞記事内容の転載)

ここ数日、福島民友新聞の『原発災害「復興の影」今を追う』シリーズの記事は、全国版にはない地元新聞ならではの立場と視点で、むしろ好ましい「問題提起」をしています。(一方で、対立を煽るのでは?という方もいますけど)

以下に転載する内容は、そのうち福島民友のサイトにも掲載されるでしょうけれど、いつWebに掲載されるのかはわからない(ちと遅い)ので、ここに記録して紹介させていただきます。

※7/22に福島民友新聞のサイトを確認したら掲載されていましたので、あわせてこちらもご覧ください。[2014/7/22追記]

■反原発デモに違和感や反感 「福島差別」を助長した側面
http://www.minyu-net.com/osusume/daisinsai/serial/fukkou-kage/140702/news.html

福島民友新聞 2014年7月2日
原発災害「復興の影」今を追う④

■反原発デモに違和感「福島差別」助長した側面

「原発いらない。子どもの為に、未来のために」毎週金曜日に、東京・首相官邸前を中心に行われている反原発デモ。参加者らは太鼓や鈴のリズムに乗せて叫ぶ。「ドラムをたたこう、みんなの声で原発なくそう」。主催者側はこれを「怒りの表現」とするが、この行動に違和感や反感を抱く人たちがいることも確かだ。

大飯原発(福井県)の再稼働が焦点となった2012(平成24)年夏に20万人(主催者側発表)まで膨れ上がった参加者も、現在は2千~3千人(同)。デモでは参加者がマイクを握って官邸に向かって思いを述べる。当初は「そんなところ(郡山)に子どもを住ませるな」など、本県が悲惨な状況だと強調する発言が目立った。参加者の減少もあり、今ではそうした発言は減ったが、それでも風評払拭の動きを指し「食べて応援なんて絶対だめ」などという言葉が聞こえてくる。


■当事者の意識が希薄

主催者団体主要メンバーのミサオ・レッドウルフはこうした福島についての発言について、「原発事故に県境はないが、自分も事故の当事者という意識が希薄な人がいる」と認める。しかし主催者側は参加者の発言に寛容だ。背景には運動の継続がある。一口に反原発と言っても、健康への影響や原発への考えはさまざまで、それを表面化させれば運動は行き詰るとみられる。「デモをやめれば、反原発の思いが消えたと解釈される。続けるのが重要」とレッドウルフは言う。

県内ではデモを中心とした反原発運動を冷ややかに見る向きが多い。田村市の農業坪井和博(66)は脱原発の立場だが、「首都圏のデモには違和感を感じている」と明かす。「声を上げるのは大事だが、どうしたら原発をなくせるか、政治や世論をどう動かすか考えるべき。自己満足に終わってるんじゃないか」。


■人ごとの態度に反感

福島大特任研究員の開沼博(30)は、反原発デモが「福島のためと言いながら、一方で『あんなところ住めない』とか『障害児が生まれまくっている』とか平然と言う人が、(運動の)内部にいることが、嫌悪感すら呼び起こしている面がある」と解説し、運動に漂う、人ごととして福島事故を見る態度が反感の背景にあると見る。「反原発の活動、言動が福島差別を助長してきた面はある。社会運動として非常にまずいことをした」

実は、この記事をキッカケに、少しばかりSNS上で「やっとこういう記事が出てきたか」と歓迎する人たちと、「これは事実誤認。官邸前反原発デモが差別を助長する事実はない」と批判する人たちの間で(対話・会話にならなかったことも一部なきにしもあらずではありますが~)意見交換することが出来まして、お互いの認識をアップデートできたところはあったんじゃなかろうか?と、首を突っ込んでしまった一人としては思いました。私自身は得られたものは多かったですね。(この記事を批判する人たちは、ちょっとどうでしょうかねぇ……と、ちと不安だけど)

これについては、このエントリで書いてしまうと、たぶん(また)長くなると思うので、別記事で(頭の中を整理しながら書いて)後日アップしたいかなー。

ちなみに、先に私の立場を言っておきますと、反原発デモ自体は別にいいけれど、差別を助長するようなデモ行動・表現は容認できない立場ですね。この記事については容認するし、たぶん擁護はするかな。疑問を抱きつつだけど(笑)。

この新聞記事中に登場する官邸前反原発デモの主催者団体メンバーの方は、「自分が言った趣旨がくまれていない。フェアな書き方ではない。記者に抗議する」とのことで、この行方も私には気になるところです。


※反原連がこの福島民友新聞の記事への抗議文を掲載していますが、……なんだろう、これはかえって印象が悪くなるような気がして心配です。。。[2014/7/11追記]

■7月2日の福島民友新聞に掲載された記事に関する報告(抗議文)
http://coalitionagainstnukes.jp/?p=4870

この抗議文に目を通した私の感想ですが、批判を批判として受け止めず、貶めと捉えて抗議しているところが一番アカン気がします。 批判として受け止めて、その上で抗議、(誤解があるという前提で)説明すればよかったのになぁ…と思いました。これでは原発に反対する人でも、ますます運動とは距離を置きたくなると思う。。。

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