「自然」という言葉
「自然との共生」がテーマの、ある原稿を書くため、いろいろ調べものをしていたら、テーマである「自然との共生」という言葉にちょっと疑問が湧いてきてしまった。
まあ、こんなことは私、よくあることなんですけど、ちょっと書き留めておきたいかなーと思ってWeblogにアップしちゃったり(笑)。
で、この「自然との共生」という言葉、これは日本(東洋)的な自然の概念じゃないなーと。ただ、これは私の今までの経験と合わないというだけかもしれないんですけどね。日本で教えられてきた、例えば学校とかで習った「自然」というものと、実際に世界のあちこち旅に出て得た「自然」という概念が、実は違っていたりしたんです、私の場合。
世界(民族)によって、世界の捉え方って違っていて、世界を「管理する」という考え方は、西洋の方が非常に強い。 自然に対する考え方だって、 自然と共生していた民族は、切り開いたり征服する「管理」の対象として捉えていなかったので、西洋と東洋じゃ大きく違っていたりする。
つまり、西洋では自然とは、人間と相対するもので「支配すべきもの」と考えられているのに対し、日本を含めた東洋のあちこちでは、古来より「人間も天然・自然の一部」という捉え方だったのです。
この構図、「西洋と東洋」を、 「都会と田舎」に置き換えても当てはまるような気がします。 つまるところ、現代の「自然との共生」って、人のための自然利用ってことになってしまったんだろうなぁ。
私の知人であるつきのみどり女史によると、
日本の古代人は「万物に魂が宿る」という考え、「アニミズム」で生きていた。全てのものに魂が宿るのであれば、おのずと、身の周り全てのものに感謝しつつ毎日生活することになるという。
調べてみたら、もともと日本には「自然(nature)」という言葉はなかったようで、100年くらい前にできたらしい。natureに相当する言葉がなかったため、中国から漢字を持ってきたという説が有力なんだけど、でも、完全に意味が一致したわけではないらしい。
そもそも、自然と共に暮らしていた民族には、 それを意味する言葉が無かったというのは、アニミズムが当たり前に根付いていたってことかもしれない。 逆にそういう言葉がある地域(人)は、 「自然」という対象を意識するんでしょうね。
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