「不要再有下一個福島」に感じたこと
先週の訪台で気分を害するものを見た。
この場所で撮った写真の、これだけが手ブレのピンボケを起こしていた。

言葉で表すと「正視するに忍びない」ものだったんだよね。
たぶん、私がこう感じたのは、少しだけ、ほかの人より「福島」が身近な地だからだろう。もう、他人事じゃないんだよね。
別に「反核」の表明はいいんだよ。
その下の文字が嫌だったんだよ。
「不要再有下一個福島」
東日本大震災によって、福島県にある、東京の電力会社が所有する原子力発電所が事故を起こした経験。日本でこれを分かち合えなくなったのは、こういう言葉のせいであることも一因なんだよね。
福島県に暮らす者、福島県が身近な人が、実際に訪台して、これを見たらどう思うのだろうか。私以上に傷つく人もいるかもしれない。そうやって「福島」を利用されるよね、というような諦め、仕方なさと一緒に。
これが今回の、訪台で一番の嫌な思い出。
「不要再有下一個福島」というような言葉は、使っちゃいけないな……と、再確認した出来事だった。
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